嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<7>
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

『……あ、あの……セフィロス……? お、怒ってるのだろうか?』            

「クラウドのガキのことか? 怒る以前に泣き喚いて手に負えん。だいぶ疲弊しているようだぞ」

『……クラウドには本当に申し訳なく思っているが…… い、今訊ねたのは君のことだ……』

 電話越しにもビクビクと怯える様が伝わってくる。怒鳴られるとでも思っていたのだろうか。

「……何故、黙って出ていった」

『……それは』

「DGのことは理解した。だがそれとおまえが家を出ていくこととどう関係するんだ。……ひとりで勝手に姿を消した理由を言え。オレが貴様に怒りを感じるか否かはそこを聞いてからだ」

 ヤツにわずかばかりの思考の時間を与えるために、ゆっくりと……詰問した。

 

『……それは……』

「それは?」

『私の存在と……ツヴィエートのやろうとしていることは……関わりがあるのだ』

 暗鬱な声音で、ヤツは独り言のようにつぶやいた。

「ツヴィエート? なんだ、それは?」

『DGの中で頂点に君臨する者たちだ……』

「そのツヴィエートとやらと貴様とどういった関わりがあるんだ? おまえが元タークスであることは知っているが……」

『……君には……呪われたこの身体の秘密を話したことがあったと思う』

「……ああ、聞いている」

 オレにとっても嫌な思い出だった。

 ヴィンセントの身体がどうこうということではない。それを聞き出したシチュエーションに不満があるのだ。

 ……もっとも自業自得といわれれば、こればかりは返す言葉もないわけだが。

『……家を出た時点では確信があったわけではなかった。……他の人間からの情報だったし……だが、今は確認が取れている。……間違いなく彼らが狙っているのはこの私だ』

「……ほう、モテモテだな、ヴィンセント」

 茶化しの言葉など一顧だにせず、ヴィンセントは言葉を続けた。

 

『……正確には私の内なるカオス……なのかも知れない。……数回、彼らと接触する機会があった……狙いが私であるということだけは間違いないんだ』

「それが単身で、家をおん出た理由か」

『……クラウドを……巻き込みたくない……』

「おい、そんな理屈で……」

『わかっている……クラウドが本当に私を大切に思ってくれていることも、今、どれほどつらい思いをしているのかも……わかっているつもりだ……だが、彼はコスタデルソルでようやく家族を得た。安住の場所を手に入れたんだ……!』

 オレの言葉を遮って、ヴィンセントが激しく言い募った。

『彼を「兄さん」と呼ぶ者たちが集って……君も一緒に居てくれるあの家を……私のせいで失うことがあったら、もう生きていけない……!』

 ったく、クラウドにせよ、このヤロウにせよ、男が簡単に「生きていけない」などと口にするものではない。軟弱者どもがッ!

 

『私があの場所に居続けたら……いずれはツヴィエートの来襲を受けることになる。ならば、せめて決戦の地を遠ざけるしかなかった』

「……おまえの現状を教えろ」

『カームから……今はWROに身を置いている。彼らの目的はカオスを手に入れ、なにか強大な力を目覚めさせようと考えているらしい。それが何なのか……まだ具体的にはわからないが』

「……それで?」

『ツヴィエートの目的は全世界を巻き込んだ「狩り」だ。思惑通りに運べば、また多くの人々が死ぬ』

「他の連中のことなんざ、どうでもいい。おまえはどうするつもりなんだ」

『……彼らと闘い、計画を阻止する』

 端的にヴィンセントは答えた。

 

『……その、だから……セフィロス。無事にコトを終えたら、ちゃんと戻るつもりだから……クラウドにはこのまま伏せておいて欲しい。すべて済んだら……必ず連絡を……』

「あの世からか?」

 電話の向こうで、ヤツが息を飲む気配がした。そんなことにはかまわず続ける。

「フン、どうせ貴様のことだ。他のクズどもを救うために、いざとなったら迷いもなく死を選ぶつもりなんだろう」

『そんな……ことは……』                                           

「すぐ、ビービー泣くくせに、おかしなところで気丈なヤツだな」

『……セフィロス、クラウドのことをよろしく頼む。彼はとても強い人間だが、しばらくの間は支えが必要だろう。かつて愛していた君が側についていてくれれば……』

「……電話一本でオレ様に面倒を押しつけるつもりか、ふざけるな」

 オレはヴィンセントの口上を断ち切った。

「貴様もクラウドも、約束の地へ連れていく。同じセリフを何度言わせれば気が済むんだ。オレに断りもなく、勝手に死ぬなんざ許されると思っているのか」

  

 ……少しだけ間が空いた。

 ふたたび、オレの方から口を開こうとしたとき、耳元にヤツの低い声が響いた。

 いつも以上に掠れていて、まともに聞き取ることができないような声で……

 

『……ありがとう……セフィロス……君のことが大好きだった……束の間でも……君の側に居ることができて……とても……幸せに……思って……』

「おい、くだらんことを言うな、ボケナスがッ!」

『今のままならコスタデルソルが襲撃される確率は低い。差し違えてでも彼らの計画は私が阻止する。……この肉体に宿った忌まわしき魂もようやく終焉を迎えられるのかと考えれば……それほど不幸なことではないように感じている』

 そうつぶやいたヴィンセントの声音は、不思議なほど明るかった。

「……勝手な言いぐさだな。自己満足の極地だ」

『ああ、そうなのかもしれない…… だが、彼らを止められるのは私だけなのだ。カオスの力を宿すこの私だけ……』

  

 あの姿のまま60年……いや、命が続く限り、ヴィンセントは永久の生を刻むことになるのだろうか。

 それとも、『力』に終焉が訪れたとき、ヤツの肉体も霧散して消えるのだろうか。

 だったら、せめて、これまで憎んでいた『力』を消し去る形で、愛する者たちの世界を救うために尽くしたい……ヤツが言いたいのはこんなところだろう。

 まったく最期の最期までお人好しの節介ヤロウだ。

 

『すまなかった……こんな時分に。親愛なるセフィロス……どうかクラウドのことを頼む。願わくば君の行く末に、幸多からんことを……』

 穏やかな声音で、ヴィンセントはささやいた。

「……おい!」

『…………』

「……おい、ヴィンセント! ヴィンセントッ!?」

                          

 ツーツーツーツー……

 

 電話は一方的に切られた。

 無機質な電子音が、静まり返った室内に無情に響く。

 

「……勝手なことをほざきやがって……だが、そう思い通りに行くと思うな。まだまだ貴様は甘いぞ、ヴィンセント」

 無言の通話口にそうつぶやくと、オレはパタンと携帯を畳んだ。