嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<14>
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 

 グワシャ! ガッガガガガ……ン!

 

 黒煙が爆風を伴い、窓の外を行き過ぎた。

 灰燼に帰した街が、窓辺から遙か下に見渡せる。なかなかの絶景だ。

 

 栄誉を誇った神羅ビルは、今はその影もなく崩れかけ、俺の居る中央塔からでさえ、メチャクチャに壊れた壁面の残骸が無惨に露呈し、「神羅」という紅い文字も煤けて消えかけていた。

 

 きっとセフィロスたちも、そんなことを考えつつ、足を進めていることだろう。

 ああ、いや、彼はそういう情緒的な思いを闘いに持ち込まないタイプかもしれない。

 

 いずれにせよ、俺は俺の為すべきコトを迅速に片付けるまでだ。

 カダージュたちも気になるし、早々に塔内を調べて回ることにする。

 

 

  

 

「栄枯盛衰……傲れる者、久しからず……か」

 歩き回りながらも、そんな言葉がつい、口をついた。

 俺はこの街で生まれ育ったわけではないから、愛着などがあるわけではない。しかし、ミッドガルという街は、神羅ビルを中央に、上流階級の住まうエリア、神羅社員ら、いわゆる中堅サラリーマンなどの居住区……そして、陽の差さぬスラムに追いやられた者たちが居たという。

 ……それぞれの者たちが、おのれの分にふさわしい形で(それがいかに歪んだ分配方式であったとはいえ)、与えられた生活の場を、このミッドガルに持っており、なんの変哲もない日々を繰り返していたのだろう。

 

 結果的には「神羅」の導き出した結果が、この廃墟と化した街なのだ。

 人々の思いも、家族の愛も、そして恋人同士の繋がりさえ、いともたやすく裁ち切りうち消してしまったのだろう。

 

 今ならば神羅カンパニーを口汚く罵るのは容易なことだ。だが、少なくとも俺は、一方的に彼らのしたことを責める気にはなれなかった。

 魔晄を利用したシステムで、人々の生活水準は著しく向上した。それはまぎれもない事実であり、一端利便なものを経験した人々が、神羅のやり方に賛同したからこそ、この現状があるのだ。

 魔晄の力を利用したシステムがいかに危険であったか……それを理解しつつ利用した神羅カンパニーが責めを負うのは自明の理だ。

 だが、何の疑問も呈すことなく、また不知をそのままに放置し、恩恵を享受し続けた幾多の平凡な民たちにも責めの一端はある……俺はそう考える。

 時として無知は罪になるのだ。

 そしてまた、「無知なるを知る」のならば、おのれの生活に密着した魔晄の力について、各人が人任せにせず、理解を深めるべきではなかったのかと感じる。

  

 ……ああ、俺はなにを言っているんだ。

 あの常夏の町に長く住み続け、いささか感傷的になっているのかもしれない。

 

 そこで逢った不思議な人……ヴィンセント。

 兄さんの恋人で……思いやりがあって、やさしくて、大人しくて、とても綺麗でそのくせ自覚が無くて。

 ……おおよそ、人としての美徳の限りを有しているにも関わらず、いつも何かに戸惑ったように困った顔をしている可愛い人。

 そして、『この世界』で、初めての俺の理解者……

                        

 待っていてね、ヴィンセント。

 すぐに迎えに行くから。

 ああっと、もしかしたら、うちの大将とあなたの一番大切な人が、血相を変えて捜しに行ったから先を越されてしまうかもしれないけど、ね。

 

 

 

 

「おやおや、どこのネズミかと思ったら、どうも毛色が違うみたいねェ」

 サディスティックな女の声は、俺の背後から聞こえた。

 ゆっくりと後ろを向く。

 もちろん、ベルベッドナイトメアに指を掛けて。

 

「こんにちわ、レディ」

「おやまぁ……」

 俺の顔を見て、その女が小馬鹿にしつつも感嘆した。

 真っ赤な衣装に、メリハリのあるボディ……兄さんの口にしていた人物像に該当する。

「ネズミと言うより、ペルシャ猫ってカンジね。綺麗な子」

「……それはどうもありがとう。ところでお姐さんは?」

 武器から手を離し、ひょいと持ち上げて見せて、そう訊ねる。

 この手の権高い女は、正々堂々と闘いを挑んでくる。おのれの力量に自信があるのが、裕に見て取れるのだ。

 

「アタシは……ロッソ……朱のロッソと言われているわ。ツヴィエートのひとりよ」

「ああ、そうだってね」

 俺は音が出るほどに、にっこりと笑って見せた。

「初めまして、俺はヤズー」

「まぁ、光栄。アタシを知っているなんて」

「どういたしまして。……ところでいくつ?」

「嫌な子ね。女に年を聞くものじゃないわ」

「違うよ、胸。」

「96」

「へぇ、重たそう」

「ふふ、心配はいらないわ。これくらいには……動けるから!」

 ヒュンという風を切る音。

 彼女の豊満な肉体が目の前から消えた。

 チュンと耳元を、熱の塊がかすめ、俺は後方にとんぼ返りをした。

 

 ガッ……ドガッ……ガガガッ!

 岩を砕くごとき斬撃が、次々と繰り出され、それらを避ける。女性というのが冗談のような重い打撃だ。

 鋭利な半環状の柄物を使用しているとはいえ、コンクリートの壁面がここまで剔られるのは尋常ではない。

 

「まぁまぁ、すごい速さね、子猫ちゃん」

 嬲るように女豹がささやく。

「悪いけど、俺、成人してるから」

「そう。それなら十分長く生きたわよね」

 紅を差した大きな口が、にいっと半月状に弧を描いた。

 

「そうでもないんだよ。生まれたの、最近だからさ」

「うそおっしゃい!」

「俺はホントのことしか言わないよ。特に女性には」

「口の減らないガキだね!」

 里の知れるような物言いをすると、ロッソはその恐るべき跳躍力で空に舞った。

 目にも留まらぬ速さの蹴り……そして同時に、両の腕から環が放たれる。

 

 寸での所で、足蹴りをかわし、俺は積み重ねられたデスクの影に身を隠した。すぐさま、ギャンギャンと耳障りな音を立て、空を飛ぶ環が屑鉄を切り裂いていく。

 

「逃げてばかりじゃつまらないでしょう? ほら、どうしたの? かかってきたら?」

「そうだね。つまらないよねェ。でも、女の子にはやさしくしろって言われているからさァ」

「たいした余裕ね。ここまで追いつめられても、そんな口がきけるのだけは誉めてあげるわ」

「そぉ? 俺、躾がいいんだよね。でもやっぱり君だけは許せそうにないなァ。うちのヴィンセント、怪我させてくれたそうだね」

「あのお人好しの間抜けた男のこと? あいつがカオスの宿主だなんて信じがたいわよね」

 ハンと彼女は鼻で笑った。

 

「……カオス?」

「とぼけないで。ボウヤはあいつの仲間なんでしょ。あの男……ヴィンセント・ヴァレンタインの」

 女……ロッソは詰問するように厳しい声音でそう言った。

 

「まぁね。それは間違いないよ。俺たちのアイドル、ヴィンセントを救出にきたわけだからね」

「それを聞いちゃったら、やっぱり殺してあげなくちゃね」

「どうしても俺とやる気なんだ?」

「さっきも言ったでしょ。……あの男の仲間はすべて消してしまったほうが都合がいいのよ」

「……兄さんが直接仇を取りたがってたからさァ……怒られそうだなぁ……」

 聞こえないような小声で俺はつぶやいた。

 

「なにか言って?」

「ううん。どうしても俺が相手じゃなきゃダメなのかなって。他にも君の相手、したがってる人、いるんだよね」

 ひょいと両手を広げ、困惑したふうに頭を振って見せた。 

 どうやらその仕草が気に入らなかったらしい。朱のアイラインの入った切れ長の双眸が、きりりとつり上がり、不快げに俺をにらみつけた。

 

「……安心なさい、ボウヤ。あなたを殺した後、手合わせご希望の方も、すぐに同じ場所に送ってあげる。雑魚とはいえ、計画の邪魔になる者は排除しないと……しかし、物好きね」

 フンと高い鼻梁を持ち上げ、小馬鹿にしたように笑うロッソ。

 

「あきれたものだわ、ボウヤ」

「なにが?」

「ヴィンセント・ヴァレンタイン……あんなヤツをわざわざ助けに来て、命を落とすことになるなんてね」

「君みたいな女には、彼の魅力はわからないと思うよ」

「わかりたくもないわ。痩せぎすで暗い目をした陰気な男」

「よかったよ。君みたいな人が敵で。女性相手は気が進まなかったけど、君が相手なら躊躇しないで済みそうだ。……しかたないから、兄さんには後で謝っておくことにしよう」

「ガキがナマ言ってんじゃないわよッ!

 激昂しやすい女だ。

 

 ブーメランのように彼女の手元に戻った環が、再び音を立てて襲ってくる。まさしく女豹のごとき身のこなしで、ロッソは壁を足場に空を飛んだ。

 俺も同時に、地を蹴った。

 

 空で互いの手刀がクロスし、ガッと鈍い音をたて相殺される。

「くっ……!」

 くやしげに歯ぎしりするロッソ。

 なかなかどうして女にしては重い手刀だ。

 

 ダンダンダンッ!

 壁を蹴り、機器の残骸を吹き飛ばし、向かってくる朱い影。

 俺は着地と同時に横に飛んだ。脇に隠したベルベッドナイトメアが咆哮する。

 

 ガゥンガゥンガゥン!

 

「ちっ……!」

 舌打ちの音もあからさまに、足場を一歩退き、身を伏せる女豹。

「……悪いけど時間ないんだ。早くあの人を迎えに行ってやらないと。大人しい人だから、ウチの大将に虐められちゃいそうだしね」

「黙れッ 小癪なッ!」

「気が短いレディは苦手なんだよね」

  

  ガゥンガゥンガゥン!

 

 チュンチュンと、鉄を掠める音が響き、彼女のまわりの廃棄機器が粉々に吹き飛ぶ。

「この……ッ!」

 ビュン!と神速の手刀、足蹴りが空を舞う。

 神技のごとく武器を使いこなすくせに、体技も優れているのはさすがに感心する。

 

「でもさ、相手が悪かったよね。よくやったほうなんじゃない?」

 彼女の渾身の一撃をかわし、前方に跳躍した。

 空を舞う俺の手元で、ベルベッドナイトメアが咆吼する。

 

 ガゥンガゥンガゥン!

 

「ご……」

 女の喉元から音にならない濁音がこぼれる。

「ごぅおおぉぉ……」

 男のような……いや、むしろ猛獣のうなり声のような苦鳴を吐き、豊かな肉体が傾いだ。

 真っ赤な衣装を、さらに紅なる鮮血が染め上げてゆく。

 

「おのれ……おのれ……ェ!!」

「……お疲れ様」

 

 ガゥン!

 

 最期の一撃を彼女の眉間にお見舞いした。

  

 底知れぬ闇に身を躍らせた姿だけは、大輪の薔薇が、墨に溶け込むように美しかった。

 さようなら、豹の女。

 

「……さてと、こうしちゃいられない。カダたちは上手くやれたかなァ」

 そうつぶやくと、俺はすぐさまきびすを返した。

 黒煙に包まれた空間を、兄さんへの説明を考えつつ走り抜けたのであった……