嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<23>
 セフィロス
 

 

 

  
 

 

「ああ……吾が愛しの君……またお会いできましたね」

 うねる闇の中から、ひとりの男が現れた。

 

 『また会えた』というからには、ヴィンセントとの面識はあるのだろう。

 

「ヴィンセント・ヴァレンタイン……ふたたびお目にかかれて光栄ですよ」

 気色の悪いセリフを吐くと、男はすぅっと影のように姿を消し、ヴィンセントの目の前に一瞬現れると、すばやくその手に唇を重ねた。

 

「……あ……っ」

 ヴィンセントが掠れた声をあげた。

「ぎゃあぁぁッ! ちょっ……てめぇ、なにしてんだよ、コノヤロー! ヴィンセントに触るなッ! しっしっ!!」

 弾かれたようにクラウドが飛び上がり、ヴィンセントの腕を奪い返す。だがすでにその時には、例の男はゆらりと身をかわし、元の位置に戻っていた。

 

「……ご招待申し上げたのは、貴方だけのはずだったのですがね……ヴィンセント・ヴァレンタイン」

 ちらりとこちらに目線を寄越しつつ、男はため息混じりにつぶやいた。

「…………」

「オレはこいつの保護者みたいなもんだ。用があるならオレを通してもらおうか、緊縛プレイ野郎」

「俺はヴィンセントの恋人だ! 一番大切にしてるんだッ! ヴィンセントの側に寄るなッ!」

 と、クラウドも頑張る。

 

「おやおや……これは……」

 気障ったらしい手振り身振りを加え、いかにもやれやれといった風に頭を振ってみせた。

「おっと失礼、保護者さんに恋人さん…… 自己紹介が未だでしたね。……そう、私のことはネロ……とでもお呼びください」

 にぃっと『ネロ』が笑った「ようだった」。

 ヤツの頭部はヘッドギアに覆われていて、口元を見取ることはできないのだ。ついでにいうのなら、拘禁服のような繋ぎを身につけており、背には骨で組んだ奇怪な形態の翼が延びていた。

 

 オレはヴィンセントを背後に庇い、前に出ると、まっすぐにマサムネの切っ先をヤツに向けた。 

「……おい、緊縛野郎。貴様がDGどものアタマか? オメガとやらはどこにいるんだ!」

「……さすが保護者どの、ヴィンセントのことはなんでもご存じというわけですね」

 茶化したような物言いが小面憎い。

「……残念ですが、お教えするわけにはいかないのですよ。この話をして差し上げられるのは、私の可愛いヴィンセントだけに……です」

「この野郎〜〜ッ! 黙って聞いてりゃ、さっきからッ! ヴィンセントのことを可愛いだの愛しいだのって!! えーそうですよ、ヴィンセントは可愛いですよ、コノヤロー。とっても愛しいですよ、コンチキショー! でもなぁ!そういう言葉を口にしていいのは、俺だけなんだぞ、この緊縛男ッ! ヴィンセントの恋人は俺だけなんだからなッ! 軽々しく、ヴィンセントのことを愛しいだの可愛いだの言うなってんだ!!」

 クラウド、怒濤の反撃である。

 ゼイゼイと肩で息をして、ネロとやらに怒鳴りつけたのだ。

 

「やれやれ……あなたの恋人というのは、どうにも品のない少年のようですね、ヴィンセント・ヴァレンタイン」

 つ……と一歩、クラウドの方へ、緊縛野郎が足を進めた。

 ハッと、ヴィンセントが顔を上げ、クラウドの腕をひっ掴んで後ろにやった。

「ちょっ……なにしてんの、ヴィンセント! 退いててよ、俺、闘うんだから! アンタにあんなことしたヤツ、許しておけるかッ!」

「ダメだ、クラウド! おまえでは……ダメなんだ……!」

「なっ……なに……? どういうことなの……? えッ……あ、ああ……ッッ!」

 クラウドがガクリと膝をついた。

 頭を抱え、耳を塞いで震える。

「うっ……あっ……あああっ!」

 身を裂かれるような悲鳴を上げるクラウド。

 

「やめろッ! やめてくれッ! ……クッ!」

 ヴィンセントはそう叫ぶと、チャッと三連銃を構えた。

  

 ガゥンガゥンガゥン!

  

 ケルベロスが火を噴く。

 ……オレには最初、何が起こっているのか全くわからなかった。
 
 ヤツの指先から現れた、闇の具現のようなものが、一瞬、クラウドを取り巻いたかのように見えたのだ。

 逆に言えば、それ以外、なにも変わったことは起こっていない。

 それにも関わらず、クラウドのあの苦しみよう……まるきり解せないのだ。

 

「うッ……あ……うああぁぁッッ!」

「クラウド、しっかりしろッ!」

 ヴィンセントが闇をはらう。

 ……はらう?だと。そもそもあの亜空間に繋がる闇とはいったい何なのだ。またそれが何故にクラウドを苦しめ、片やヴィンセントはいともたやすく追い払うことができるのであろうか。

 

「おい、貴様……何をした?」

 オレは低く訊ねた。

「さぁ……なんでしょうかねぇ」

「ごまかすな! あの気色の悪い黒雲は何なんだ!」

「よければ貴方も味わってみますか? ……無限の……漆黒の闇を」

 嬲るようにそうささやくと、す……と指が持ち上げられた。なめらかで白いそれがこちらに向かって妖しく弧を描く。

 

「……セフィロス……ッ!」

 するどいヴィンセントの叫び声。

 ヤツは倒れたクラウドを介抱しているところだったのだ。

 

「……む? なんだこれは……」

「おやおや……これはこれは!」

 ネロが声を上げた。それは歓喜の声音にも聞きとれた。

「ああ……貴方もそうなのですか? 保護者どの……」

「……なんだというんだ、気色悪い」

「貴方は我らの同胞なのですねェ……」

「知るか!」

「私の闇に囚われないのがその証拠……貴方はより闇に近い存在なのですよ……」

 倒れたクラウドになど何の興味も示さず、緊縛男はオレに向かって歩み寄った。

 

「……私はネロ……漆黒の闇のネロ。多くの取るに足らぬ人間どもを集めてきました。そしてDGの力を増幅させた……ですが、私の兄を目覚めさせるためには、ただ人の生け贄のみならず、どうしても必要なものがあるのです……」

 謳うようにささやく漆黒のネロ。

「……それがヴィンセントだと?」

 オレはするどく訊ねた。ヴィンセントは苦しげに顔を背ける。

「そう……ヴィンセント・ヴァレンタイン。……私たちの運命。吾が、愛しき人……」

「勝手なことを言うな、クソ野郎! なぁにが『愛しき人』だ。片腹痛い! 当のヴィンセントがどれほど貴様らを疎んじているか知っているのかッ?」

「ふふふ。それは致し方ないこと。ヴィンセントはずっとこの腐れた地上で生を営んできたのです。それなりの思い入れがあるのも理解できましょう」

「ハ! この地上が腐ってやがるという意見には、オレも同感だがな! だからと言って、貴様らの好きにはさせん」

 多少なりともクラウドのセリフを代弁するように、オレは言葉を返した。また舌戦に持ち込んだ方が気が紛れるとも言える。

 ギアのせいで顔がはっきりと認識できるわけではない。だが目鼻立ちの整った美男子であることくらいは見て取れる。だが、何故かオレにとって、ネロの存在は汚猥で不快で顔つき合わせていることすら気色悪く感じられたのだ。