嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<24>
 セフィロス
 

 

 

  
 

 

「やれやれ、強引な保護者どの……今度は貴方に代わって、私たちがヴィンセントを引き受けようと言っているのですよ。大丈夫……私と兄さんがこれからずっと……命の続く限り、ヴィンセント・ヴァレンタインを守り続けます。我らが同胞としてね……」

 ひどくやさしげな声音でネロがささやいた。

 

「よさないかッ!」

 声を荒げたのは、ヴィンセント自身であった。

 ようやく意識を取り戻したクラウドを、その腕に抱きかかえたまま、ヴィンセントは真っ赤に燃える両の瞳でネロを睨み付けた。

 

「……カオスが……この身に宿っているのは事実だ……だが、私はこの怪物を解放するつもりはない……!」

「……おやおや、まだわかっていただけないのですか……?」

「何を言われようと、おまえたちに身をゆだねるつもりはないッ!」

「……なぜです? ヴィンセント・ヴァレンタイン。貴方は……カオスの役目はオメガが目覚めるとき、オメガの復活のために地上の命をすべて摘みとることでしょう……? 選ばれた者たちだけのあらたな楽園を作ればいいのです。ええ、もちろん、そこには私の兄さんと……カオスの宿主の貴方……そしてこの私……その他、ごく数名の優れた者たちだけが生きることを許されるのです」

 うっとりと……まるで性的恍惚にでも酔っているかのように、ネロという男はしゃべり続けた。

 

「最初は少し人の数が足りなくて……寂しいと思われるかもしれませんがご心配なく」

 くっくっくっ……ギアに隠された口元に指を宛て、艶めかしく含み笑いをする。

「あなたが望むのなら、どこかの星から、奴隷でもなんでも好きなだけ集めてまいりましょう。それにね、私と兄さんはあなたのことが大好きなのですよ、ヴィンセント・ヴァレンタイン……」

「…………ッ」

「どれほどあなたに逢える日を待ち焦がれていたか……」

 迎え入れるように、そっと両腕を開く。

 それでもその場から逃げるでもなく、立ち上がれないクラウドの身体を、庇うように抱きかかえるヴィンセント。

「……愛しいヴィンセント……こんなにも醜いこの世に固執する必要などないでしょう? オメガを甦らせ、汚らしいものを一掃し、新しい世界を作りましょう……?」

 まるで愛撫のように滴る言葉の一片一片……

 ネロの声音は、決して大きいわけではなく、むしろ……ゆるやかな情念が込められた淡々とした物言いなのだ。それにも関わらず、耳の奥にこびりつき、音がなかなか離れない。

 

「愛していますよ、ヴィンセント。私の可愛い貴方…… ずっと……永久に私と兄さんの側に置いてあげましょう……貴方の欲するものは何でも手に入れて差し上げます」

「……聞きたく……な……」

 ネロの言葉を否定するヴィンセント。だが、呂律が回らぬように、言葉半ばで途切れてしまう。

「……貴方の望むままに……そのすべてを存分に愛して差し上げますよ……愛しい、ヴィンセント……」

 つ……とネロの細い指が、ヴィンセントに伸びた。

「……あ……やめ……」

 ギュッとばかりにクラウドの身体を抱きしめ……いや、むしろクラウドに縋るような形でヴィンセントは身を竦ませた。

 

 シャン!

 

 ハラハラとわずかばかりの黒髪が地に落ちる。

 オレの突きつけたマサムネの切っ先。それがヤツの髪に触れたのだ。

 

「……聞くな、ヴィンセント」

 するどく命じる。

 クラウドを抱いたまま、惚けたツラをしてたヴィンセントがびくりと身震いした。

「……あ……はぁ……はぁ……セ、セフィロス……?」

「……落ち着け、大丈夫だ」

 できるかぎり、宥めるような口調で言ってやる。

「……あ……?」

 涙を浮かべた紅い瞳が不安げにこちらを見つめた。

 

「……催眠暗示だ。汚い手を使いやがって。おい、アホチョコボ!いつまで寝てやがるッ! さっさと起きろッ! ボケナス!」

 ネロに剣を突きつけたまま叱りつけると、ずるずるとクラウドが身を起こした。

「くっそ〜ッ! なんだってんだよ、アレ! 急に頭がグワァンって、ものすごい耳鳴りがして……」

「……あれが漆黒の闇なのだ。すべてを飲み込む無限の闇……普通の人間は耐えられない」

 独り言のようにヴィンセントが答えた。

「私は闇に近い人間だから……何とか耐えられるが、おまえが囚われるのは無理ないのだ」

「ちょっ……なんだよ、それ! よーし、もう二度と喰らわないぞ! てめー、こっからが本番だ! ちゃんと勝負しろッ コルァ!!」

 よし、チョコボも目覚めた。

 実際、あの野郎の操る闇とやらが相手では、ごく普通の人間であるクラウドなど、鉄砲玉程度の役割しか果たせないだろうが居ないよりはマシだ。

 

 コンマ数秒の間隙を縫って、漆黒の影がゆらりと動いた。もちろんオレはそれを見逃すようなマヌケではない。

「動くな、ヘンタイ野郎。……黙って聞いてりゃ、さっきは好き勝手なことをベラベラと!」

 刀を突きつけたまま、オレはヤツの身動きを阻んだ。

「物騒な……引っ込めていただけませんか、保護者どの」

「闇とやらを自由にあやつる貴様に、物騒などと言われたくはないな」

「そうですね……お互い穏便にいきたいものです。いずれにせよ、ヴィンセント・ヴァレンタインは私たちのものになるのです。……ああ、恋人と言っていた少年は無理でしょうが、保護者どのならば、オメガが目覚めたとしても生き残ることができましょう……どうかこのまま大人しくお引き取り願えませんか?」

 物言いは物静かだが、身に纏うオーラが密度を増す。

 ネロの瞳がギラリと光った。

 

 猛禽類を思わせる朱金の双眸は暗黒の闇に美しく映えた……