嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<25>
 セフィロス
 

 

 

  
 

 

「……保護者どの……どうか静かにお引き取り下さい」

 ネロが繰り返す。

「……すまんがこいつの身柄は売約済みだ」

 オレは薄ら笑いを浮かべ、低くささやいた。

 

「これは異な事を聞くものです……」

 動じもせずにネロが嘲笑った。

「買い主はオレだ。……フフン、残念だったな」

「……保護者どの……どうしても邪魔をなさるおつもりですか?」

 冷気を孕むネロの声。

 

「おい、きさまッ! ヴィンセントの恋人は俺だって言ってんだろッ! さっきから無視すんなッ!」

「……少年」

 と、ため息混じりにネロがつぶやく。話の邪魔をされて不快なのだろう。

「少しお静かに。私は保護者どのとお話しているのです」

「なに……ちょっ……アンタ、さっきから少年、少年って失礼じゃない? 俺のこといくつだと思ってんだよッ!」

「……二十歳前の子どもでしょう?」

「も、も、もう、怒ったーッ! セフィロス、行くぞッ!」

 ガキは誠に激昂しやすい。いや、だからこそ、「ガキ」と呼ばれるのだろう。それに気づいていないクラウドが悪いのだが、今は否応はなかった。

 

「ええ……いいでしょう……ヴィンセント・ヴァレンタイン。そこで見ていなさい。貴方を必要とする我々がどれほど優れた種族なのか……ッ!」

 わずか数ミリのところでオレの剣を交わすと、ネロはタン!と漆黒の闇に跳躍した。

 

「フ……フフフ……フハハハハ……!」

 邪悪な笑みが虚空に広がる。

 骨で組まれた翼が、大きくはためき、それは無数の黒い骨片を吐き出した。

 

 

 

 

 

「……チッ! おい、ヤツの闇に気をつけろよ、クラウド!」

「わかってるッ!」

 オレとクラウドは同時に飛んだ。ヴィンセントが地上で銃を構える。

 

 翼から吐き出された骨片が徐々に異形をとってゆく。歪んだ節足類のようなモノ……あろうことかそれに蠅の羽がついているのだ。もちろん「蠅の羽」と言っても、さらにグロテスクに肥大化し、ギロギロと虹色に輝いていた。見ているだけで吐き気を催す化け物だ。

 

「ひー、なに、あれ、キショッ! キモッ!」

「よそ見するな! バカ者!」

 ヴィィィィン……ヴィンヴィン

 狂ったコンピューターの起動音のようなものが聞こえると、空飛ぶ節足類……いや、いっそ空飛ぶムカデと言ってやった方がぴったりだろう。そいつらが一斉に反応した。こちらに向かって飛びかかってくる。

「ぎゃあぁぁ! オレ、長くてウゾウゾしてるのダメーっ!」

「しっかりせんか! クラウドッ!」

 とはいうものの、数が多すぎる。

 ネロ本体を殺る前にこんなおまけどもを召喚されるなど……

 

 ガゥンガゥンガゥン!

 

 地上からヴィンセントが援護射撃をしてくれている。

 これは非常にありがたかった。その腕前はさすがというべきであろう。オレがどのように動こうと、的確にムカデ野郎のみを射撃し、一切の懸念を生じさせることはなかった。 

「セフィロス……!」

 必死の面持ちのヴィンセント。

 

 ……思えば、こいつはいつも悲しそうな顔をしている。あの家にクラウドたちと一緒に居るときでさえ、ときたまガラス玉のようなルビーの双眸をぼんやりと見開いて、オレたちではない遠くを見ていることがある。

 感情の抜け殻のようなヴィンセント……紅い瞳の傀儡人形。

 その姿は、次の瞬間にでもフッと霧散しそうな……手を伸ばしたら溶けて消えてしまいそうな脆さを感じるのだ。

 

 ヴィンセントはまるで夜の精霊だ。

 透き通った肌も、色味のない頬も、ぬば珠の黒髪も、ヤツを形作るすべてが人間離れしているのだ。
 
 コスタ・デル・ソルの真夏の日差しの下を歩く様子は、時折オレを非道く不安にさせたものだった。まばゆい光に飲み込まれ、その細い姿態が一瞬の後に掻き消されてしまいはしないかと……くだらぬことを考えさせられたのだ。

 

 ……オレはヴィンセントに惹かれているのかもしれない。

 いや、それは今さらなのだろう。間違いなくオレはこいつを気に入っているし、ある種、昔のクラウドに対して感じたような欲求を抱くことがある。

 だが……だが、クラウドと決定的に異なるのは、オレにとってヴィンセントは『禁忌』なのだと感じられるのだ。

 

 こんなときにも関わらず、オレは剣を手にしたまま思いの淵に沈んでいく心持ちだった。

いや、こんなときだからこそ……なのかもしれない。

 ヴィンセントという男の、根元に関わる事柄……カオス……そしてオメガ、DG……60年も生き続ける不死の肉体……

 それらのすべてが関わる今回の出来事……それに関与するということは、どうしてもヤツに対するおのれの思いと向き合わざるを得なかったのだ。

 

 これまで、遠ざけてきた思い……ヴィンセントについて考えることをオレは極力避けてきた。

 なぜなら、オレが本気であの男を欲してしまったら、アイツはオレにメチャクチャに壊される。それこそ傀儡人形の糸が絡まり、腕が取れ、脚がもげ、ついにはその躰がバキリとふたつにへし折れてしまうように。

 ヴィンセントに感じる、肉体の凶暴な欲求には覚えがあった。いつぞや……もうひとりの『クラウド』がこの世界に迷い込み、もうひとりの『オレ』の話をしてくれた。

 『クラウド』を愛し……手元に置きながらも、その身体を引き裂き、血を啜るような愛撫しかできない『セフィロス』。

 ……オレの中にも、間違いなくもうひとりの『セフィロス』と同じ因子が備わっている。

 ヴィンセントを愛しく思いながらも、あの白く華奢な肢体を引き裂き、苦痛に満ちた悲鳴を唇で吸い取り、その血を啜るような交わりを……

 ……そんな在り様を、一切欲していないと言ったら……

 

 ……それは嘘になるだろう。

 クラウドには感じたことのない凶暴な欲求。そういった残忍な嗜虐心を、ヴィンセントの紅い双眸が揺り起こす。

 

 ……あの細い首を縊りつつ、その最奥を穿ったら、どれほどの陶酔を感じるのだろう……

 ……白い喉元に噛みついて、アレの悲鳴を耳元で聞きながら交われば、いかばかりの快楽を味わえるのだろう……

 

 内奥に押し込められた危険な因子は、今はただ眠っているだけだ。

 それが目覚めれば、オレはもうひとりの『セフィロス』と同じになる。

 ……そしてオレは……『そうなるつもりはない』。

 

 

「セフィロス……! セフィロスッ!」

 ヴィンセントが叫んだ。

 オレはおもむろに顔を上げた。

 思考しつつ、剣を握った腕は、ほとんど反射的に敵を切り裂いていた……