嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<35>
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

  
 

 

 

 

 

「………………ッ」

 私はセフィロスを抱きしめたまま、弾かれたように顔を上げた。

 さきほどまで微動だにしなかった肢体が、かすかに身じろぎしたような気がしたのだ。

 

「……セフィロス……? セ、セフィロス……?」

「………………」

 返事がない。気のせいだったというのか?

 いや、彼の心臓はちゃんと動いている……『まだ動いている』のだ。

「セフィロス……ッ! セフィロス……ッ! ああ、目を……目を開けてくれッ!」

 恥も外聞もなく、私は泣き叫んだ。

 いつ、『ヴァイス』に気づかれるともしれない、この緊迫した状況の中に居ながらも。

 

「…………」

「セフィロス……セフィロス!」

「…………ッ」

「……セ、セフィロス……?」

「……うッ……」

 長い睫毛がぴくりと震える。

 そして……魔晄を浴びた蒼い瞳が……あの氷のように透き通った双眸がゆっくりと見開かれるのを、私は夢のような心持ちで見つめていた……

 

「……くそ……痛て……」

「セフィロス……」

 きっと私はひどく間抜けた顔をしていたのだろう。そうでなくとも、しょっちゅうセフィロスに、ぼんやりとした態度をからかわれているのだ。

 彼は奇妙な顔つきで私を見ると、いつもの人の悪い笑みを浮かべた。

 

「……おい……なんてツラを……している……」

 彼は低くつぶやいた。

 ようやく出た声が掠れていたのが気にくわなかったのか、セフィロスは鬱陶しげに、何度か咳払いした。

「また泣いてるのか……おまえは……いつもそうだな……」

「……セフィロス……よ、よかった……」

 私にはそうささやきかけるのが精一杯だった。

「よかった……君が……なかなか目を覚まさないから……もし、万一のことが……あったら……と……」

「バカが……貴様とは鍛え方が違う」

「……セフィロス……」

「もう……なんともない」

「ダ、ダメだ……! 無理をしないでくれ。背中を怪我している! 無理に動いて脊髄に損傷があったら……」

「……ふ……心配するな……」

 そういうと、セフィロスはグググと身を起こした。背中の傷が痛むのだろう、白いおもては色を失っていた。

 

「セ、セフィロス……私につかまって……」

「よけいなことをするな。……クラウドのガキは? あいつの首根っこも引っ掴んでいたはずなんだが……」

「クラウドのことなら大丈夫だ。君のおかげでほとんど傷を負った様子はない。……気を失っているだけだ」

 瓦礫の隙間にできた空間に移しておいた、クラウドのほうを促しつつそう答えた。

「……そうか。まぁ、ここから先、ガキどもの出番はないからな。他の三人もどこかに居るだろう」

 ヤズーたちとは、第一撃を受けたときに、はぐれてしまっていた。

 だが、セフィロスが無事だというのならば、私もそれを信じる。

 

「痛ッ ……オレの……剣……は……? ああ、あそこか……」

 腕を伸ばして引き寄せる。ただそれだけの動作でもつらそうなのだ。

「セフィロス? 無茶だ! 動かないでくれッ! き、傷口が……!」

 言わないことではない。

 背だけではなく、細かな裂傷が多くあるのだろう。彼が身を起こすと同時に、白い額をツツ……と血が流れた。

「チッ……鬱陶しい」

 煩わしげに片手で拭うセフィロス。

「そんな乱暴に……! それに背中の傷は浅くないはずだ。無理に動いては……」

「バカヤロウ。このまま隠れているなんざ冗談じゃない。……一挙に決着をつけてやる……!」

「セフィロス……! 無茶だッ!」

 『ヴァイス』単体ならば、あるいはセフィロスならばねじ伏せることができるのかもしれない。だが、今、ヤツの身体にはオメガが宿っている。

 オメガの力は計り知れない。

 掌底打だけで、あの破壊力……もはや尋常の技ではないのだ。

 

「セフィロス……!セフィロスッ! こ、この場は引いてくれ……! 後は私が……」

「おまえひとりでどうにかなる相手か。……引っ込んでいろ」

「だが、私のせいで……この事態を引き起こしたのは私だ……! 私のせいで君が傷つくのは……君にもしものことがあったら……」

 怒鳴り飛ばされるかと思ったが、私はそう言って追い縋らざるを得なかった。この圧倒的に不利な状況でなおもオメガに立ち向かおうとするセフィロスを前に。

 

「私のために……君が……」

「……そうだ。おまえのためだ」

「え……?」

「言ったはずだ。おまえが助けてくれと言うのなら…… オレの……いや、オレたちの側で生き続けたいと思うなら、オレはおまえの願いを叶える。……必ずな」

「……セフィロスッ!!」

 スッと音もなく立ち上がると、彼は長刀を手に取った。

 近くの瓦礫を足場に、セフィロスが跳躍する。

 怪我の影響など、一切感じさせない敏速で……優雅な動きだった。あれほどの出血なのだ……痛みがないはずがない。

 

「……セフィロスーッ!」

 長い銀の髪が孤を描き、白煙の中に軌跡を刻む。

 私は慌てて彼の後を追った。引っ込んでいろといわれて、その通りに出来るほど私は素直な人間ではなかったのだ。