〜 ジェネシス逗留日記 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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 ジェネシス
 

 

15:40

 

「ジェネシスが、どんどんヴィンセントを好きになっていくのを感じるからさ」

「ああ、出会ってしまったからね。やはり地下室で寝顔を眺めているだけの時とは違うようだ。言葉を交わしたり、彼の生活の一部を見てしまったらよけいに。尊敬の念と愛情が溢れんばかりの勢いになってしまう」

 俺のやや装飾過多の物言いを、どう聞いたのか、ヤズーは端正な顔をゆがませて苦笑した。冷めてしまった紅茶を一口含むとおもむろに言葉を紡いだ。

「ジェネシスは本当にヴィンセントが好きなんだな……」

 そう言ってから、わずかに間を取ると、彼はまっすぐにこちらを見つめて口を開いた。

「貴方にとっては嫌な話になっちゃうのかも知れないんだけどさ」

 彼にしては慎重な前置きに、俺は心ならずも微かな緊張を覚えた。

「……兄さんのことなんだけどね。やっぱりね、あの人、スゴイ人なんだと思うよ。貴方じゃないけど、最初は俺も、どうしてヴィンセントみたいな人が、正反対の彼の側にいるのかなって疑問だったんだけど」

「…………」

「俺、この世界に生を受けて、まずセフィロスを知って……ああ、もちろん、俺の兄弟たちのことは、一番早く知り合った同胞だからいいとして…… 次に神羅の連中と関わり合って…… それから兄さんと彼の周囲にいる人たちと出会ったんだ」

「……ヤズー、紅茶を新しくしようか?」

 彼の話は長くなると踏んで、俺はそう言った。

「え、あ、ああ、うん。ありがと」

 湯気の立つ新しい紅茶。その芳香をゆったりと楽しんでから、彼はふたたび話し始めた。

「貴方もそうだろうけど……セフィロスや兄さんたちは、本当に神羅カンパニーにひどい仕打ちを受けたんだよね」

「ああ、聞いてる。……というか、そういう話は嫌でも耳に入るよ」

「うん。……そして、貴方が好きなヴィンセントもね。ある意味、あの人こそが最も残酷な仕打ちを受けたとさえ言える」

「…………」

「兄さん、昔セフィロスと一緒にいたんでしょ」

「ああ、恋人同士だったよ」

「兄さんね、以前に言ってたんだ。『セフィロスが何もかも壊したくなっても当然だ』って」

 ヤズーが俺の表情を確認するような眼差しで見つめてきた。

「チョコボっ子がそんなことを……」

 確か彼はたった一人の肉親を、例の事件で失ったはずだ。セフィロスが直接手に掛けのか否かはともかくとして。

「うん。神羅がしたことを考えれば、セフィロスがありとあらゆるものを憎み、破壊してやりたいという衝動にかられてもおかしくはないって。それほどまでに彼らのしたことは許し難いことなんだってさ。ああ、誤解がないように言っておくけど、『神羅』とはいっても、一世代前の神羅カンパニーのことだね。ルーファウスはジェノバプロジェクトやDGソルジャーの存在は知らなかったそうだから」

「…………」

「そういう意味では、貴方もヴィンセントも被害者だ。セフィロスや兄さんと同じように、神羅カンパニーにとって、大切なものを取り上げられ、人とは異なる生を歩んでいかなければならない」

「……重い話だな。だが、君の言っていることに間違いはないよ。我々は神羅のおかげで様々なものを失った。まわりの人ばかりではなく人生の一部をね」

 ラザード……そしてアンジール、ザックス。今なら俺自身の両親をも含め、この手から滑り落ちていった命は多い。

 

「……そこでさ、ひとつ考えたことがあるんだ」

 ヤズーは低くつぶやいた。先ほどとは少し声音を異にして。

「貴方も、セフィロスも……そして、兄さんもヴィンセントも、形は違っていても、皆神羅の被害者だ。筆舌に尽くしがたいほどの仕打ちを受けた人たちなんだよ」

「……ああ、まぁ、人権団体に訴えたいほどにね」

「でも、何故だろうね? セフィロスや貴方や……ある意味では俺たちも、世界を『壊す側』に回ってしまった」

「…………」

「それほどまでに絶望が深かったのだとも言えるだろう。だが、ネロたちと一緒にいた貴方は、もう知っているはずだよね? なぜ、ヴィンセントが神羅屋敷の地下室で眠らされていたのかを。彼の肉体にどんな秘密が隠されているのかを……」

「……ああ」

 俺は頷いた。この部屋には居ない女神に聞こえるのを恐れ、ほんの小さな声で。絶対に彼の耳に入るはずはないのに。

「兄さんのことは知っている? 宝条とかいうキチガイじみたじいさんに拉致され、生きたまま、人体実験をされたんだよ。ジェノバプロジェクトの犠牲者さ」

「…………」

「彼はまだ十代のうち、3年以上、廃人のような状態だったらしいよ。正気づいたのは、目の前で彼の親友が射殺された現場でだ」

「……ザックス?」

 俺は懐かしい友人の名を口にした。彼はチョコボっ子と同室で、親友だった男だ。

「ああ、そう。そんな名前だったっけ」

 女神の件はともかく、チョコボっ子がそんな目に遭っていたのは知らなかった。子供の頃より、ずっと強く、しぶとくなったとは思っていたが。

「……俺が何を言いたいのかわかる?」

 ヤズーはすまさそうに俺を見た。たぶん、これから自分が述べることによって、俺を傷つけてしまうと予感してのことだろう。

「絶望の淵に追いやられ、無関係の者までを巻き添えに破壊し尽くしていった俺たち。……それに対して、人を愛し守ろうとする、兄さんとヴィンセント。本当に強いのはどっちだろう?」

「…………」

「そう考えたとき、なぜヴィンセントが兄さんと一緒に生きることを選んだのかわかったような気がしたんだ。……彼本人は無意識だったのかもしれないけど、ヴィンセントは正しい答えを選択していると感じたんだよ」

「……ヤズー」

「ヴィンセントがね、兄さんを選んだのは、たまたま偶然早く出会ったからじゃないんだよ。兄さんと一緒にいることによって、彼は明るい方へ行けるんだ」

 ……ズキン!

 と胸が痛んだ。

「ヴィンセントは、どれほどおのれの境遇を憎み、自身の存在を忌避したことだろう。それでも彼は、世界を破壊しようとはしなかった。セフィロスやネロたちのように、人々を手に掛けようとはしなかった。ただ、ひたすら自分の存在を消し去ることのみを願って……」

 『ネロたち』とあえてヤズーは言ったが、そこに入る名は『ジェネシス』であってもおかしくはなかった。

 俺もセフィロスも、激しい喪失感、わき上がる怨念を、周囲を取り巻くすべてにぶつけたのだから。その結果、奪った命は両手の数えられる数字じゃない。

「……ヴィンセントは神羅屋敷の地下で、それこそ死人のように眠ることにしたんだ。だが、兄さんは違った。俺たちの兄さんはこの世界を守るために戦ったんだ。望まざる過酷な人生を強いられて尚、力のない者たちのために身体を張れる人なんだ。あの人は……本当に強い人だと……そう思うよ」

「……さっき、言ったね。クラウドと居ると、女神は明るい方へ行けると……」

 俺は中途半端になっていた言葉の続きを促した。

「ああ、うん。……実際にヴィンセントがそう話してくれたことがあるんだよ。もちろん、その時は、誰か別の人間と比較しての話じゃなかったけどね」

「なんて……言っていたんだい?」

「……『クラウドは、すでに人生を終えた私を、ふたたび生の舞台へ引っ張り出してくれた。もう一度明るい場所で生きろと……否応なしに引きずりだされたんだ』 苦笑しながら、そう言っていたっけ。それから『あの子が居てくれると、私にも照らされた道が見える』ってさ」

 懐かしげな面持ちで、ヤズーは語ってくれた。