〜 ジェネシス逗留日記 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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 ジェネシス
 

 

16:30

 

「…………」

「……ジェネシス? ごめんね、俺、すごく残酷なことを口にしていると思う」

 黙り込んだ俺に、ヤズーは謝罪してきた。

「いいんだ。……君は間違ったことは言っていない」

 俺は無理に笑顔を作ってそう応えた。

「正直、ハッキリ口に出されるまで、自分が弱い人間なんて考えたこともなかったよ。だが、言われてみると、反論のしようがないみたいだ」

「……弱いだなんて。普通の人間に比べれば、正気を保って生きてきているだけでも十分たいしたものだよ。ただ兄さんが信じがたいほど強いんだ。一見そうは見えないんだけどね」

「…………」

「……兄さんやヴィンセントに出会って、こんな人がいるんだって、俺はひどく驚愕したんだよ。俺がその立場だったら、間違いなく、貴方やセフィロスと同じことをしていただろうから」

 その言葉は多分慰めだったのだと思う。

 そう、俺たちは神羅によって半生をめちゃくちゃにされた。だが、その中で人を守るために生きられる人間と、傷つける側に回った人間とが居る。

 ……俺は後者だ。

 女神にふさわしいのはどちらの側の人間なのか…… 言わずもがなだ。

 だいたいヴィンセント自身が、人のために生きられる人なのだ。一度はクラウドと共に、セフィロスを止めるために闘い、執拗に迫るネロの魔手に屈したこともない。

 ミッドガルでの一件のときでさえ、目がまともに見えない状況の中で、ルーファウス神羅を守ろうとした。

 ……ヤズーに言われるまで、どうしておのれのしてきたことを顧みなかったのだろう。

 

「ま、今はさ、ある意味、ヴィンセントのことを想っている人たちは、同じようなスタートラインに立っているみたいなモンだから。セフィロスも貴方も、ミッドガルを守るために戦ったわけだし」

 ヤズーは、この前の一件を持ち出した。

「……それは違うよ。セフィロスは知らないけどね。俺は女神の負傷が心配だっただけさ。それを治療させるために、心ならずも神羅カンパニー側に着いただけだ」

「ふふ、セフィロスもきっと同じように答えるでしょうね。というか、実際そう言っていたよ。『誰がメシを作るんだ!』とかなんとかね」

 いかにもセフィロスが言いそうなセリフに、俺は笑った。

「……ありがとう、ヤズー」

「え? なにが?」

「今の話をしてくれて。……俺はまた、とんでもなく恥知らずなことをしてしまうところだったよ」

 正直にそう礼を言った。明敏な彼は、俺の言わんとしていることが理解できたはずだ。

「勘違いしないでね。さっきも言ったとおり、今は皆、同じようなスタートラインに立っているんだと思うよ。ただこれまでの経過を考えれば、兄さんにアドバンテージがあるのは当然だ。……あの人の選択は、ここに居る誰よりも強い人間だからこそできたものだと思う」

「……同感だ」

 素直に俺は頷いた。異論を唱えようがなかった。

 ヤズーに、少し眠った方がいいと伝え、俺はサンルームを辞した。

 なんとか平静を保ちつつ。

 

 

 

 

 

 

17:30

 

 先ほどまでギラギラと平地を照らし尽くしていた夕焼けが、今はもうあんなにも遠い。

 

 コスタ・デル・ソルは寒暖の差が大きく、夕方、陽が落ちるとかなり涼しく感じる。それでも気温は20度前後あるのだから、おそらく真昼とのギャップの激しさに肌寒さを感じるのだろう。

 呆れたことにセフィロスは、未だソファの上でガーガーと寝こけている。

 女神の姿はない。

 たぶん、自室に居るのだろう。夕食の支度を始めるのには、まだやや早い時間だから。

 

 俺は丁寧に紅茶を淹れる。

 いつもは砂糖など入れたりはしないのだが、今はたっぷりのミルクとシュガーを投入した。

 ヤズーに言われたこと……彼の前では平静を装っていられたのだが、思いの外堪えているらしかった。

 いや……『らしかった』というのは、俺はあまりこういった経験がなく、彼の言うことを、もっともだと聞けている自分への、実感がわかなかったせいなのかもしれない。

 

 神羅から取り返しのつかない仕打ちを受けながらも、壊す方へ回った俺たちと、人を守る側のチョコボっ子か…… 敢えて言うのなら、女神も後者のほうだ。

 ヤズーは、この話をセフィロスにもしたのだろうか?

 いや、わざわざセフィロスに告げる必要はあるまい。この男も、女神に惹かれているに違いは無かろうが、口に出してはいないのだろう。それは本人の態度を見れば一目瞭然だ。

 

 ヤズーは俺がヴィンセントを想っているからこそ、そしてそれを明確に表明しているからこそ、現状を知らしめたのだ。

 俺を傷つけるためではなく、さらなる深手を負う前に気持ちをセーブさせようとした。……そんなところだろう。

 俺と彼は似た者同士だから。互いの考えていることが、なんとなくわかってしまう。

 

 一度でも、道を踏み外した俺は…… もはやクラウドの敵ではないのだろうか?

 ヤズーは、今のスタートラインは一緒と言っていた。

 

 だが…… 過去に行ったことは……その事実を消し去ることは出来ないのだ。

 過ぎ去った昔であるからこそ、取り返しがつかない。時間を戻すことなど、誰にも出来はしないのだから。

 

 ……俺はチョコボっ子が、そんなに強い男だとは知らなかった。

 女神が年若い彼を守って、側に居ただけなのだと思っていたのだが、どうやらそれは心得違いだったらしい。

 

 低く吐き出したため息は、セフィロスに気付かれる前に虚空に溶けた。