〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<6>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

「…………」

 その人は無言のまま、俺を見つめた。

 

 ……なんて、深い紅の瞳なのだろう。

 身につけたマントよりも、さらに深みのある色味。

 黒目の部分が、どこかぼやけたように潤んでいるのが、まるで血の涙を含んでいるかのように見える。

 

「……私を闇の淵から目覚めさせたのはおまえか……?」

「え……あ……」

 俺の口からこぼれ落ちるのは、まともな言葉どころか、単語でさえなかった。

 

(ああ、この人……生きてるんだ。人形じゃなかったんだ……)

 ぼんやりとそんなことを考えていた。

 

「……血塗られた悪夢は私の罪への罰……」

 まともに聞き取れないほどの小さな声で、そうつぶやくと、無意識のまま触れていた俺の手を避けた。

「……帰れ。おまえたちに用はない」

「あ、あの……! ちょっと待ってくれよ!」

 俺は慌てて棺の上蓋を押さえた。

 まともな会話ひとつできずに、帰れというのはあんまりだ。いや、彼が冷たいのではなく、きちんと話ができていない俺が悪い。

「ま、待って…… ア、アンタ、宝条って知ってるだろう!? 神羅の科学者の……」

 切り口がわからなくて、まずは彼の存在を『旅に役立つもの』と称した、宝条博士の名を口にした。

 このときのことを後から思い出すと、未だに自分の頭を殴りつけたくなる。

 俺はヴィンセントにとって、ほとんど禁忌である人物の名前を、初対面で叩きつけたことになった。

「……神羅の……宝条……」

 夢見るようだった瞳が、唐突に覚醒したような印象を受けた。

 蕩けた血の色味が凝固し、サッと怯えの色が走る。

「……科学部門統括の……あの男のことか……?」

「あ、なぁんだ、知ってんじゃん! そんなら話が早いね!」

 ユフィがぴょんと跳ねるようにして、棺桶の麗人の側にくっついた。彼はひどく驚いたらしく、不思議な動物を見るような眼差しで彼女を見つめた。

「うっわ…… 紅い目の人って初めて見た〜! ウサギみたい! 可愛い!」

「お、おい、ユフィ、よせよ! いきなり失礼だろッ!」

 俺はいかにも年上らしく、無遠慮な彼女を叱責した。

「……別に……かまわない。だが、その男の名は……二度と聞きたくはなかった」

「ご、ごめん!」

 慌てて謝った俺に、彼は少し驚いたように目線を寄越した。

 

 

 

 

 

 

「ごめん、本当に」

「…………」

「でも、その宝条博士から、アンタのことを聞いたんだ。あ、いや、アンタ自身のことっていうか…… この場所に、旅に役立つもの……人がいるからって」

 何度も言い直して、必死に説明する。

「……旅?」

 静かに訊ね返されて、俺はふたたび口を開けた。

 バレットやシドらは、彼が目覚めた瞬間から、ほとんど石のように押し黙っている。

 まったくの庶民が、人ならざるものに対峙して、圧倒されているような雰囲気だ。

「そうなんだ。アンタ、セフィロスって知っているか? 俺たちは、事情があって彼を追っているんだ。それで……」

「……セフィロス……」

「うん、神羅の英雄って呼ばれてた人なんだけど…… 公式発表では死亡したことになってる人物だ」

「……知っている。彼は……生きているのか?」

 こちらを見上げた彼の顔は、初めて俺の話に強い興味を示したような表情になった。

「う、うん。生きてる……よ。そんなはずはないと思っていたけど、間違いなく存在しているから」

 俺はあの日、魔晄炉でセフィロスを倒した。

 村は炎に包まれ、母さんの姿も見つけ出すことはできなかった。魔晄炉の入り口にはティファが倒れていて……

 狂って正気を失いかけた彼を、その刀ごと魔晄炉の中に突き落とした。

 その状況で生きているとは思えなかったけど、セフィロスはたぶん……

「……そう、彼は『人』ではない。いや、この言い方は語弊があるな。ただの人間ではないのだ」

 紅のマントの青年は、迷うことなく確信めいた言葉を口にした。

「アンタ……やっぱり何か知っているんだな。だったら力を貸してくれ。俺たちはどうしてもセフィロスに会って……」

「……私に出来ることなど何もない」

 彼が俺の言葉を遮った。何の感情も読み取れない、平坦な物言いであった。

「早々にこの場を去るがいい。ここには亡者達の妄執が蠢いている。健康で健全な者ほど害されやすかろう」

 今度こそ、話は終わりというように、彼はそっと俺を引き離した。乱暴な力ではなく、ふぃと手首を舞わせただけで、それ以上近づくことができなくなった。

 紅の瞳にふたたび暗い影が落ち、黒曜石の石棺に身を横たえた。

 手も触れていないのに重厚な作りの上蓋が、棺を塞ぐように動いた。