〜 子猫物語 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<4>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

「たっだいま〜! あー、お腹減った!! ヴィンセント〜?」

 コスタ・デル・ソルの天気よりも、脳天気な兄さんが帰ってきた……

 いやいや、この物言いはやつあたりだろう。彼は今、この家で何が起こっているのか知らないのだから。

「お、おかえり、兄さん」

 俺は慌てて出迎えた。ちょうど夕食の仕度が終わったところだった。

 ……助かった。

「あ、ヤズー。ヴィンセントは?」

 二言目には「ヴィンセント、ヴィンセント」……

 俺よりも幼く見えるこの人は、この世の誰よりヴィンセントを想っているのだ。

「あ、う、うん、いるよ。い、今ちょっと手が放せなくて……」

「ああ、そう。俺、お腹空いた。先にシャワー浴びてくるから、メシよろしく」

 きっと料理の最中で手が放せないのだと、勝手に解釈したんだろう。

 フンフンと鼻歌など歌いながら、バスルームへ直行してしまった。

「……やれやれ」

 と、息を吐く。いや、隠し通せるものではないが、まだ心の準備ができない。あの人のことだ。真実を目の当たりにすれば、きっと愕然とすることだろう。

「……まいったなァ」

「おい!」

「うわッ! セ、セフィロス! もう、耳元で大きな声出さないでよ。ビックリするじゃない!」

「なーにをブツクサ言ってやがる。別にオレたちがあいつに何かしたわけじゃないだろ。言うなれば不可抗力ってヤツだな」

 他人事のように宣うセフィロス。

 そりゃ確かに彼の言うとおりだろうけど……実際、事故があったとき兄さんは不在で、俺がヴィンセントの一番近くに居たのだ。

 だからといって、もちろんこの事態防げなかったのかと詰め寄られても困るわけだが……

 一体誰が、子猫のヴィンと、人間のヴィンセントが入れ替わるなどという、ファンタジー物語めいた話を思いつくだろうか?

 ああ、いや、これまでも我が家には『不思議』が、たくさん起こったわけなのだから、想定外とも言えないのかもしれないが……でも、まさか、ヴィンセントと猫が……

「ブツブツ、言ってんな、気色悪ィ」

「……失礼な人だねェ。俺は兄さんの受けるショックを心配してるの!」

「アホか。んなこたァ気にしたって仕方ないだろ。それより先のことを考えろ」

 言いたいことだけ言うセフィロスに、恨みがましい一瞥を向けたが、彼はさっさと居間に戻ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「……というわけなの」

 シンと静まり返ったダイニングテーブルで、俺は事の起こりを説明した。なるべく、彼が傷つかないように……大きなショックを受けないよう気を配りつつ。

「…………」

「あ、あの、兄さん? 聞いてる……?」

「…………」

「兄さん、え……と、大丈夫……かな?」

 食事を終えた後に、種明かしをして正解だったようだ。彼はロボットのように、固まりしばらくの間、口が聞けなかったのだ。

「あの……兄さん?」

「……じゃあ、そこの子猫が……ヴィンセントなの?」

 ボソリと、感情の読めない口調で兄さんがつぶやいた。

 猫になってもシャイなヴィンセントは、カーテンの影に隠れたまま出てこなかったのだ。

「う、うん。あ、あの、でも、怪我とかはしてないから。ああ、ヴィンセントもヴィンちゃんも。さっきも言ったけど、ゴハンの支度中に、猫ちゃんがヴィンセントにじゃれかかちゃったんだよね。お腹空いてたみたいでさ。それで、ヴィンセントが足滑らせて……」

「…………」

「思いっきり転んじゃったわけ。ただ、不幸中の幸いっていうか、破片で切ったり、床で打撲したりみたいな症状はないからさ」

 なんとか気を引き立てるように、言葉を足したが無駄だったようだ。

「だから、そんなに気を落とさないで……」

「……そう」

「……兄さん、たのむよ。あんまり落ち込まないで。そりゃあ、俺たちがついててこんなことになっちゃったのは謝るけどさ…… 気がついたときには、もう事が済んじゃっていたような状況で……」

「違うよ。ヤズーたちが悪いわけじゃないよ。……っていうか、朝、寝坊しちゃったからな。ヴィンセントのこと急かしたの俺だし」

  激情派の兄さんも少しは大人になったのだろうか。

 一応、我が身の過ちを振り返ることはしてくれた。ここで黙ってくれりゃいいものを、クソいじわるなセフィロスがよけいな一言を加えてくるのだ。

「そうそう。おまえのせいで、チビ猫が朝飯を食いっぱぐれたんだ。んで、皿を持ってうろついてるヴィンセントに突撃したわけだな」

「へらへら笑ってんなよ、セフィ! だいたいアンタがついてて何してくれてんの? タダメシ喰らいの居候なんだから、俺がいないときはヴィンセントのこと守れよな」

 八つ当たりと自覚はしているのだろうが、兄さんはセフィロスにぶつぶつと文句を言った。もっとも言われた方のセフィロス自身はまったく堪えてはいなかったようだが。

「まぁまぁ、兄さん。これまでもわりと簡単に元に戻ったんだからさ。今度もあまり悲観しないで時間を待とうよ」

「……そりゃ……そうだけど……でも……」

「兄さんが落ち込んじゃうと、ヴィンセント自身が不安になっちゃうよ」

 俺はそう言葉を重ねた。

「みゅ〜……」

 子猫がカーテンの影から、儚げな声で鳴いた。

 ……なんだか入れ替わってから、よりいっそう、恥ずかしがりやの子猫ちゃんになってしまったようだ。

 『ヴィンセント』本体は、にこにこ笑って座っているのに。

 もちろん、今現在の中身は子猫ちゃんだから、普通に会話ができるわけではない。(正直、俺はちょっと期待したのだが)

 猫ちゃん自身も上手く声が出せないらしく、時折、困惑した様子で『猫語』をしゃべるのだ。なんのことはない。「みゅーん」といつものように鳴くだけだ。

 ……ヴィンセントの低くて小さな声で、だが。