Love letter
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<3>
 
 セフィロス
 

 

 



  

 ヴィンセントのノロマ野郎が、お人好しというのは周知の事実だ。

 それゆえ、おそらくは迷惑きわまりない女の手紙についても、邪険な態度はとらなかったのだろう。

 二度目のラブレターが届いたのは、それから時を置くこともなく、翌々日くらい後のことであったと記憶している。

 今度は夕刊を取りにいったイロケムシが、ポストから指の切れそうな綺麗な封筒を取り出してきた。

 

「…………」 

 開封する前に、困惑の吐息をつくヴィンセント。

 オレだったら面白半分にからかってやるか、わずらわしいならそのままシュレッダーに放り込むかと思うのだが、フェミニストと呼ばれるこの男は、そんな無体な真似などしそうになかった。

「……今度はなんだって? ヴィンセント」

 皆におかわりのお茶を注ぎつつ、イロケムシが声を掛けた。ヴィンセントが本当に困惑していると知っているせいか、茶化すような真似はしない。

 幸いにもガキどもが泳ぎに出掛けた後のことで、部屋の中は静かになっていた。

「ん……ああ……もう……これは……電話をしたほうが……」

 ぶつぶつとつぶやくヴィンセント。

「もう、何? 何だって言うの、ヴィンセント!?」

 ガキはすぐに取りのぼせる。クラウドのヤツが、ガチャンとカップをソーサーに叩きつけ、ヒステリックに叫んだ。

「兄さん、ヴィンセントに八つ当たりしても仕方ないでしょ。彼は困らされている側なんだから」

「みゅんみゅん!」

 とチビ猫も、イロケムシの味方をする。なんといっても、子猫のヴィンにとって、ヴィンセントは母親のような存在なのだ。

「俺はヴィンセントにビシッと言って欲しいの! 俺っていう一生の伴侶がいんだから!」

「……クラウド……」

「なんだよ、ヴィンセントはそう思ってないの? 俺のこと好きだって言ったじゃん!」

「それはそうだが……物には話の仕方があるだろう? うら若き乙女に……その同性愛者だと告げるのは……」

 ぼそぼそと弁明するヴィンセント。まぁ、気持ちはわかる。

「ヴィンセントって女の子はダメなの? 男性オンリーなのかなァ?」

 天気の話のような口調で問うイロケムシ。

「俺は女の子、大好きだよ。カダは特別ってカンジで。基本的には女性の方がいい」

 こいつにしてみれば、照れるような話ではないのだろう。至極アッサリと、宣うヤズーであった。

「え、あ、あの……そ、それは……」

 可笑しいほど動揺するヴィンセント。

「好きな女が居たんだろ、昔」

「みゅんみゅん! にゅーん!」

 オレは寝そべったまま茶菓子をかじりつつ、そう口添えしてやった。子猫が登って来たがるのを片手で制してだ。

「あ、ああ……とても大切に思った女性が……居た。思いはかなわなかったが……だが、今でも大事な存在なのだ……」

「へぇ! そうなんだァ。ヴィンセントが好きになった女の人なんて見てみたかったなァ。きっと素敵な女性だったんだろうね」

「あ、ああ……それは……もう」

 蒼白い頬をポッと朱に染め、ヴィンセントは素直に頷いた。

 『ルクレツィア』とかいう女科学者のことだろう。そう、ジェノバ細胞を自らに植え付け、このオレを孕んだ女……

 オレにとってはもはやどうでもいい女だが、ヴィンセントが『大切に思う』というのであれば、それはそれでいいのだと感じる。

「でもさ、ってことは、女性でも充分恋愛対象になりうるわけだよね?」

「……ああ、おそらくは……あ、あの、違うのだ、クラウド。そんなつもりではなくて……」

 慌てて取りなしたのは、今にも爆発しそうに真っ赤な顔をしたガキに対してであった。

「それじゃあ、俺が無理やりヴィンセントを引っ張り込んだみたいじゃん! 恋愛に性別とかってそんな関係ないでしょ!? 俺はヴィンセントが女でも男でも好きになったと思うし、ヴィンセントはそうじゃないの!?」

「そ、そのとおりだ……わ、私も……おまえが女性であっても……男性であっても……こういった形になっていたのだと……そう思う」

 辿々しくヴィンセントが肯定した。クラウドの迫力に押されてという様子だが。

「まぁ、おまえのようなクソわがままで強引なガキは、男だろうと女に生まれようと大差はないだろうな」

「なんだよ、セフィ! その言い方ッ! そ、そりゃ、確かに、ここに連れてくるとき、多少無理を言っちゃったかもしんないけど……別に縄でくくって力づくで引きずってきたってワケじゃないし…… ね、ねぇ、ヴィンセント」

「え……あ、ああ……」

 クラウドの話は右から左で、あくまでもヤツは手紙の差し出し主に思いを馳せていたようだ。当然、断るつもりではいるのだろうが、なんせ煮え切らないこの野郎のことである。極力相手を傷つけないように、誠実に、というつもりで、断りの文句を反芻しているのだろう。

「ねぇ、ちょっ……ヴィンセント、聞いてんの!?」

「あ、ああ……」

「まぁまぁ落ち着いて、兄さん。兄さんとヴィンセントが相思相愛なのは、ちゃんと俺たちが知っているから」

 と心にもないセリフを、イロケムシが笑顔で言い放った。

 こいつは、ヴィンセントのクラウドに対する気持ちは、恋愛感情ではないとはっきり言ってのけた野郎だ。TPOを心得ているといえば聞こえはいいが、いともたやすく腹の中とは正反対のことが言える憎たらしい輩なのだ。 

 ホ……と吐息し、ヴィンセントは気が進まぬように口を開いた。

「……電話をしようと思う。その方が互いにいいだろうし……」

 掠れた声でそうつぶやくと、居間の電話に手を伸ばした。

 オレならば、こんな話などギャラリーの居る前ではしたくはないが、ヴィンセントの天然男は隠すようなことではないと思っているらしかった。