Love letter 〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜 <6> ヴィンセント・ヴァレンタイン
湯上がりの身体を、自室のソファに投げ出して、ようやく私はホッと吐息した。
時刻は午後十時……眠るには早めの時間だ。
ヤズーとセフィロスに話を聞いてもらったせいか、帰宅直後よりは多少浮上できたが、それでもすっきりと気が晴れるというところまではいかなかった。
心許なげな雰囲気で帰宅したクラウドに、彼らは上手く話をしてくれた様子だった。私が直接口を開くと、すぐにクラウドは感情的になってしまう。それゆえ、さりげなく状況を伝えるからと言ってくれたヤズーに任せたのだ。
私が食事の仕度をしている間、サンルームのほうで話をしていたらしいが、ときおり大声で「信じられないッ!」とか「どうしてよッ!」などという抗議が為されたのは耳に入ってきた。
だが、夕食の席では、至極普段通り優しいクラウドで居てくれた。
そんな彼に感謝しつつ、私は差し迫った問題に思いを馳せた。
ホテルで会食……
会食という言葉だけを取り出せば、聞こえは悪くないが、ホテルの一室というのは密室なのだ。しかもふたりきり……
極力彼女を傷つけることなく、私の意図を伝えるのはどんな言葉を選べばよいのだろうか。いや、一度は断りの文句を口にしたのだが、上手い具合にかわされてしまっていた。
おわかりだろうが、私のような人間は、女性に縁があろうはずがない。
予想どおり……といおうか、その対応に困窮したのは、当然のなりゆきと言えよう。
約束の時間……
待ち合わせのラウンジに現れた女性は、とても華やかで愛らしい人であった。むしろ少女といってやったほうが似つかわしい若々しさで、淡い黄の色……いや、明るいレモンイエローのワンピースがよりそう感じさせたのかも知れない。失礼ながら年齢を聞かせてもらったところ、すでに二十歳を超えているというこでむしろ驚いたのだ。
亜麻色の髪をした闊達な彼女は……残念ながら私の記憶にはなかった。
シーウォームに襲われたところを助けたのが私だというのだが……あのときは、ちょうど行楽期でコスタ・デル・ソルの浜辺には、海水浴を楽しむ者たちが大勢いたのだから致し方ないことだとは思う。
瞳を輝かせて訊ねてきた女性に、正直にそう受け答えしてしまったことを、後から少し後悔した。
お茶を飲みながら……なるべく婉曲な物言いで、交際することはできないと伝えようと考えていたのだが、栗色の瞳をした彼女は、まっすぐに私を見つめて選手宣誓をするかのように宣ったのだ。
『わたくし、ヴィンセント様のことが好きです』
と……
いったいどれほど私が困惑したか想像して欲しい。気の利いた返事がすぐには見つからずに絶句し、もう一度彼女に名を呼ばれてから正気に返った。
彼女よりも遙かに年上なのだから、上手に会話の主導権を握れればよかったのだが……こういったことに年齢は関係ないのかも知れない。
なにをか況や、すでに私はその一発目の発言で、白旗を揚げる心持ちになっていた。
きっと私はひどく困った面もちで、人の少ないカフェテリアでは充分に聞こえてしまったであろう彼女の告白に、上手い断りの文句を捜していたのだろう。
『いいんです。お会いして、いきなりこんな風に言われてもお困りになるのはよく解ります』
『あ、はぁ……』
『ですが、どうか軽々しい気持ちでこのような振る舞いに及ぶ、たしなみのない女だとは思われたくないのです。ですからこうして直接お会いしてお話させていただきたいと思いました』
『え、ええ……そ、それはもう……』
『お手紙だけでは、どうしても気持ちを伝えきれませんので』
『あ、はぁ……』
『きっとヴィンセント様のような素敵な方にとっては、たまたま居合わせて助けた田舎娘が何を……とお思いかもしれません』
『い、いえ……そのようなことは……』
『最初はそれでもいいんです。わたくしは、どのようなきっかけを利用してでもこうしてお会いしたかったのです』
『あ、あの……ですが……』
……うろ覚えだが、きっとこんな風に要領を得ないやり取りで、会話が進んでいったのだと思う。
驚いたのは、彼女が私を知ったのは、ああいった形で救われたときではなく、青物市場に私が買い物に出掛けたとき、町中で見知ったということだった。
『素敵な方だな……と思って。え? だって、ヴィンセント様はとても目立ちます。ハンサムですもの』
とあっけらかんと告げられ、恥ずかしさと驚きのあまり、ひっくり返りそうになってしまった。きっとこの話をセフィロスたちにしたのなら、ひどくからかわれるだろうから、ありがたい誉め言葉は私の胸の内に止めておくことにした。
『ええ、夏は家族でこちらの別荘に……ええ、毎年ですの。そう、恥ずかしながら、ヴィンセント様のお買い物の後を付けたこともございますのよ? あら、嫌だわ、わたくしったら。でも、そのとき、露天の野菜売りのご婦人と楽しげに談笑されていて……ひどくヤキモチを妬いてしまいましたわ』
そういって薔薇の蕾が開くように微笑む彼女は、男性の目から見ても充分に魅力的だと感じた。
そのうら若き女性が、どうして私のような者に興味をもつのだろうか……?
「残念ながら、気持ちに応えることはできない」と告げたのは、何杯目の紅茶を頼んだときであったろうか。
待ち合わせのラウンジにたどり着くまでに、ずっと口の中で繰り返していたセリフを、決死の覚悟で言葉にしたのだった。
彼女は、猫のようなアーモンド型の瞳を、一瞬大きく瞠ると、次の瞬間わずかに俯いて落涙した。
そう……『落涙』という言い方が一番近しい表現であった。
伏せた目元に、長い睫毛が影を落とす。その隙間から大粒の涙が、ポトリポトリとシルクのワンピースの膝元にこぼれ落ちた。
ああ、そのときの私の困惑を想像して見て欲しい。
ただでさえ、女性と接する機会などほとんどなかったのだ。しかも目の前で泣かれるなど……
セフィロスやヤズーのように、言葉は上手くないし、どのように宥めていいのかさえわからなかった。
『真っ青ですわ、ヴィンセント様……』
と逆に声を掛けられ、自分がほとんど酸欠状態に陥っていることに気付いた。
『……ごめんなさい、泣いたりして。貴方は全然悪くないのに』
泣いてしまったことそれ自体よりも、衆目に晒される形となったことを謝罪するようにはっきりとした口調でそう言った。
『い、いいえ、わ、私のせいのようですから……』
まともに彼女の顔を見ることもできず、口の中でそうつぶやいた。言い方は悪いが、断られた側の彼女のほうが、むしろ真っ直ぐに私を見つめてきた。