LOVELESS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<4>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 

「俺は何度も君に呼びかけたよ」

 愛の告白のように、愁いを帯びたまなざしでヴィンセントを見つめるジェネシス。

「…………」

「眠っている君に何度もね……名は知らなかったから、『女神』と……」

 そうささやき掛けると、朱味の強い唇を笑みの形に型作った。

 彼は仕立てのよい、たて襟のコットンシャツとシンプルな麻のパンツを身につけている。

 ジェネシスの美しく整った外見は、品良く……というよりもどちらかといえば、あでやかな雰囲気が勝っている。だが、仕立てのよい上質な服が、長身の青年を貴族的に見せるのだ。自分で選んだのだろうから、とてもセンスのいい人なんだと思う。

「せめて君の口から名を聞きたかった……ヴィンセント」

「ジェ、ジェネシス……」

 熱のこもった愛おしげな物言いに、ヴィンセントは知らずのうちの顔が火照ってきたのだろう。わずかにうつむき、片手でさりげなく頬を押さえた。

「最初は失礼ながら、本当に遺体かと思ってしまったんだ……あんな屋敷の地下室だったから。黒曜石の棺も君を納めるために誂えたかのようだったし」

「あ……そ、それは……」

 説明しようとヴィンセントが口を開いたが、ジェネシスは優しげな口調でそれを遮った。

「ああ、いいんだ、悪い魔女の話は」

「で、でも……」

「君に呪いをかけた、厭わしい者の話など聞きたくもない」

「ちょっとジェネシス、なーに、悪い魔女って!? もう、アンタの言い方いちいちむかつく!よくわかんないし」

 比喩表現の苦手な兄さんが、苛立った声音で抗議した。

「この間抜けを眠らせた悪人って意味だろ。少しは流れを読め、クラウド」

 とセフィロス。兄さんは頬をぷっくりと膨らませて黙り込んだ。

 そんな一幕に、ジェネシスはまるきり不快な表情など見せず、むしろふくれる兄さんのことを、やさしげなまなざしで見守っていた。

 ……神羅時代のセフィロスの同僚ということなら、クラウド兄さんともそれなりに親交があったのかもしれない。

 

「あまりにも君が美しかったから……」

 セフィロスと兄さんのやり取りが終わると、ジェネシスは厳かに言葉を続けた。

「眠っている君が、ひどく神々しく見えてね。それなのに蠱惑的で……君の姿を初めて見たとき、俺はしばらくその場に立ちつくしてしまったよ」

「そ、そんな……」

 カーッと音が出そうな勢いで、ヴィンセントの白い頬が、首筋のあたりから真っ赤に染まってゆく。

「何度か声を掛けてみたけど返事はなかった。だから俺は眠っている君の頬に触れてみたんだ」

 ジェネシスの瞳がなつかしげに細められる。この人だって、タイプは異なるが、ヴィンセントに負けず劣らずの美形なのである。

「ちゃんと暖かかった。どれほど俺が嬉しかったか……わかるかい? 女神……」

「あ……いや……その……」

「その瞬間……ああ、いや違うな……地下室で君の姿を見たときにはもう……」

「え……?」

「俺は君に恋してた」

 ストレートな告白に、空間が静まりかえった。もちろん、お茶を入れ替えていた俺自身も例外ではなかった。

「ジェ、ジェネシス……あ、あの……わ、わたし……」

「君に恋をしたよ。生まれて初めてだった。あんな思いは」

「あ、あの……」

 ヴィンセントの手の中で、とっくに冷めてしまったハーブティーがカタカタと音を立てている。そのまま放っておいたら、床に落としてしまいそうなほどに。

 

 

 

 

 

 

「そーですかッ! でも、残念でしたッ!!」

 素っ頓狂な声で、そう叫ぶと、ダンとソファから立ち上がったのは兄さんだった。一人用の低いスツールに腰を降ろしたヴィンセントのとなりにズンズンと歩み寄ってゆく。

「ク、クラウド……?」

 何を言い出すのかと、きかん気の強い兄さんを見つめるヴィンセント。セフィロスはやれやれと言わんばかりの呆れ顔で、かつての幼い恋人を横目で眺める。

「ヴィンセントは俺の恋人なの。ふたりでずっと一緒に居ようねって誓ったんだからな! 悪いけど、後から入る隙間、無いから!」

 選手宣誓のごとく高らかに言ってのける兄さん。ジェネシスは一瞬呆気にとられた表情をしたが、すぐに気を取り直した。

 クラウド兄さんをマジマジと眺め、切れ長の双眸を懐かしげに細める。

「チョコボ……大きくなったな。今、いくつだ?」

「ちょっ……そんな話してないでしょ? もう、なんだよ、調子狂うなぁ!」

「だって、初めて神羅本社で出会ったとき、おまえはまだ14才の子供だったんだぞ?」

「そ、そりゃそーでしょ。修習生で入社したんだから」

「こんなに小さくて、ヒヨコみたいに、ちょこちょこ歩いてて、『ジェネシスさん』っていつも少し甘えたような声で話しかけてきたじゃないか」

 彼は独特の抑揚ある声で、懐かしげにささやいた。

「ちょっとォ!よしてったら」

「よいではないか、クラウド。おまえの少年の頃の話なら、私も聞いてみたいし……」

「もう、よしてよ、ヴィンセントまで! 昔の話でしょ!」

「昔の話だからこそ聞いてみたい…… 我々が出会う前の話なのだから。やはりおまえはセフィロスに導かれ、よい仲間に恵まれて健やかな少年期を過ごしたのだな……」

「ヴィンセント!  あ〜、もうもうもう!昔の話はもう終わりーッ!」

 昔話に、興味津々のヴィンセントを、慌てて止めるクラウド兄さん。それはそうだろう。神羅時代といえば、セフィロスと兄さんが特別な関係にあった頃の話だ。

 ヴィンセントはまったく気にしていないようだが、兄さんの立場であれば、極力語って聞かせたくないという気持ちも理解できる。

「話を戻すぞ! そーゆーワケだから、ジェネシス! ヴィンセントは俺のなの! 後から出てきて勝手なこと言わないでよ!」

「ク、クラウド……そんな言い方は……」

 率直且つストレートな兄さんの物言いに、ヴィンセントが眉を顰める。

 もちろん、ジェネシスと会って、ヴィンセントまでが彼を兄さんより好きになる……なんてことはありえないわけだが、多分ヴィンセント自身、ジェネシスをことを疎んじてはいないのだろう。

 というより、むしろ好意を持っているとみるべきだ。

 彼が本当に不快なら、家に呼ぶことなどしなかろうし、こうして奥手ながらも会話を交わしているのは、少なくともジェネシスという人物にヴィンセントが興味を持っているからだ。

 さらにいうなら、ジェネシスの立ち居振る舞い……というか、その『在りよう』。

 それは、ヴィンセントの好むところであった。シンプルでエレガントな服装から、穏やかでゆったりとした語り口。

 本人は多分俺と同じくらい人の心の裏を読めるし、明敏なんだと思う。でも、それを表だって現さない思慮深さ、年齢相応の気配りと物腰は、ヴィンセントタイプの人間にとっては、安心して交際できる人物として映るのだ。

「ヴィンセントが、ハッキリ迷惑だって言ってくれないからでしょッ!? 見ず知らずの赤の他人より、俺のこと先に考えてよ、優先してよ!」

「……クラウド、彼はおまえの神羅時代の先輩であり、セフィロスの友人なのだ。礼儀正しい紳士的な人に、そんな無礼な物言いは好ましくない」

 静かだが、しっかりとした口調でヴィンセントがたしなめた。やはり兄さんよりもずっと分別ある年上の人なのだと感じる。

「だって……」

「……おまえとセフィロスの友人ならば、私も彼と友達になりたい。それくらいは許してくれないだろうか?」

「ブーブー」

「アホか、おまえはブタか?」

 辛辣な合いの手はセフィロスだ。

「だって、この人、ヴィンセントのこと好きだって言ってんだよ? 一目惚れしたって。そんな相手をアンタの『お友達』として認めろって……無理があると思わないの?」

「そ、それは……い、今は会ったばかりだから……互いに意思の疎通が取れていないだけで……話をすればわかりあえると……」

 最後はもごもごと口の中で言葉が消えた。兄さんがものすごい形相でにらみつけるから、ヴィンセントは何も言えなくなってしまったのだ。