In the middle of summer
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<4>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

 ……翌朝……

 

 いつもより、早く目覚めた俺は、シャワーを終えるとすぐに居間に行った。のんびりしている時間はない。そう昨夜、自分に誓ったのだから。

 

「おはよう、兄さん早いね」

 と、ヤズー。

 そして……

「ああ、おはよう、クラウド……」

 ……と、聖母のような微笑をたたえた『セフィロス』が、エプロンをつけてキッチンに立っていた。

 腰までとどく銀の髪を、淡い色合いのリボンでひとつにまとめ、形の良い長い指に包丁が握られている。そこから途切れることなく、リンゴの皮がとぐろを巻いて流しの三角コーナーに落とされていた。

 

 ……その何ともアンバランスな光景は、寝起きの俺の目を完全に覚まさせるのであった。

 

「お、おはよ……セ……ヴィンセント」

「今日はずいぶん早起きだな」

 彼は、見たことのないようなやわらかな笑みを浮かべると、目を細めてそうささやきかける。もちろん、セフィロスのあの低い声でだ。

 いくら中身がヴィンセントだとわかってはいても、俺のダメダメな心臓は、バクバクと高鳴るのだった。

 

「あ、う、うん……ちょっと、ね」

 俺はもごもごと口の中でつぶやき、そそくさと自分の席に着こうとした。

「クラウド……」

「え、あ……なに?」

「耳の裏に……」

 そうつぶやくと、『セフィロス』の指が、つ……と俺の耳朶から耳裏をさぐった。甘い吐息が頬の後ろをくすぐる。

「ひゃッ……」

「……? どうした、おかしな声をたてて。……ほら、石鹸が残っている。後でもう一度、流した方がいいな……」

 耳元で、腰が砕けそうなビブラートのかかった低い声でささやきかける。

「あ、う、うん! わ、わかった。セ、じゃなくて、ヴィンセント、お腹空いたッ!」

 

 彼が準備をしにキッチンに引っ込んだところで、ヤズーがすぅっと滑るように俺の側近くへやってきた。

「……兄さん、動揺しないで。もろに顔に出てるよ」

「い、いや、だって……もう、声とか、指とか全部、セフィなんだもん……」

「あたりまえでしょ。身体はセフィロスなんだから」

「セフィロスの身体で、絶対セフィがしないようなことするから……なんか調子狂っちゃって……」

「落ち着いてよ。ヴィンセントだって不安なのに、極力それを出さないようにしてるんだよ? あなたがオドオドしてたら、よけいに可哀想でしょ?」

「……う、うん、そうだよな。ごめん、ヤズー。平常心、平常心……」

「そうそう、平常心だよ」

 

 そんな会話をしているところだった。

 

 バッターン!

 

 と、突風にあおられたように、扉が叩き付けられる。 

 そして、次にあらわれた人物に、俺たちは一挙に平常心もクソもなくなった。

 

「熱いな! おい、クソガキ! エアコン入れろ! ヴィンセント、貴様のバスローブはどこだ? カゴの中を捜したが見あたらん!」

 

 ……素っ裸に、腰タオル一枚の『ヴィンセント』……

 

 ゴォォォォと耳鳴りがして、場が一挙に凍り付く。

 常夏の国に居ながら、真冬のアラスカ、ツンドラ気候だ。

 

 さすがのヤズーでさえ、綺麗な顔そのままに固まってしまっている。

 

「ちょっ……アンタ、何してくれてんのォォォォォ!」

 俺は怒濤のごとく叫び散らした。 

「セッ……セフィロス……! なんて格好を……あ……眩暈が……」

 くらくらと椅子に崩れ落ちる『セフィロス』もといヴィンセントを、あわててヤズーが支える。だが、身体はヴィンセントではなくセフィロスなので、抱き留めると言っても容易なことではない。

 俺は弾かれたように、ソファのブランケットをひっ掴んで飛び出した。

 

「なんつー格好で入ってくるんだよッ! この無神経男ッ!」

 言いながら、布でぐるぐるに巻き付けてしまう。

「なんだクラウド、鬱陶しい。ハッ、男同士だろーが。何を恥ずかしがる必要が……」

「アンタは今、『ヴィンセント』なんだからな〜ッ! やすやすと他人にモロ肌を見せんなよッ!」

「に、兄さん、セフィロスも落ち着いて」

 ヤズーが、気絶した『セフィロス』……もといヴィンセントを抱き留めながら、俺たちをいさめる。

「ケッ、減るもんじゃあるまいし」

 『ヴィンセント』の顔で、そんな悪態をつくセフィロス。

 

「それからな、クソガキ」

 と、俺に呼びかける。

「おまえもいいかげん、成長しろ。コイツの身体、痕だらけじゃないか。そんなにシルシを残しておきたいのか? まったく、ガキの独占欲というのは際限が……」

「ぎぃあぁぁぁぁぁ!アンタ、何てコト言ってくれてんだよォォォォ!」

「ヴィンセントは肌が薄いんだろ。少しは気を使え。……ったくちょっとそこらにぶつけただけですぐに鬱血しやがる。やれやれ、軟弱な身体だな!」

 細い二の腕のアザを指し示し、不躾な発言をする『ヴィンセント』の中のセフィロス。

「あああッ! ヴィンセントの腕が……ッ!」

「仕方ないだろ、軽く打っただけなのにこのザマだ」

「ぶつけんなよーッ! アンタ……まさか風呂場で、ヴィンセントの身体に変なことしたんじゃないだろうなッ!」

「はぁ? 変なコト? なんだ、それは。……フフン、今は『オレ』の身体だからな。隅々まで洗ってやって、キレイにして……」

「いやらしいことを言うなーッ!」

「今の言葉がヤラシく聞こえるというのは、かなりの末期症状だぞ、クラウド」

 両腕を組んで、斜め立ちというセフィロスお得意のポーズで、フフンと笑う、『ヴィンセント』

 

「もう、ちょっと、ふたりともいいかげんにしてよッ!」

 ヤズーがめずらしくも厳しい口調で、俺たちの言い争いを止めた。

「ほらッ『セフィロス』、あなたは早く服、着替えてきてッ! 兄さん、手を貸して、セフィ……じゃなかった『ヴィンセント』をソファに寝かせるから」

「あ、ああ」

「チッ……軟弱者が」

「セフィロス! はやく着替えなさいってばッ! 『ヴィンセント』の身体に風邪引かすつもりッ?」

「フン」

 悪態を吐くものの、素直に退場するセフィロス。

 

 俺たちは、長身のセフィロスの身体を、そっとソファに移動させた。冷やしタオルを、額に当ててやる。

「やれやれ……だね」

「ご、ごめん、ヤズー」

「……ま、別に兄さんのせいってワケじゃないからね。ただし、なるべくヴィンセントの前で心配そうな顔はしないことだね。不安がらせちゃ可哀想だよ」

「あ、ああ、わかってる。そうだよな……一番、驚いてるのは、ヴィンセントとセフィロスだもんな」

「そうだよ。……ま、もっともセフィロスはそれを顔に出すキャラクターじゃないけどね」

 ヤズーは、『セフィロス』のシャツのボタンをゆるめてやりながら、そう言った。