In the middle of summer
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<5>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ?」

 幸い、『セフィロス』の中のヴィンセントは、すぐに目を覚ました。具合が悪い様子にも見えなく、俺はほっと息を吐き出した。

 

「ヴィンセント、大丈夫か? ……無理するなよ?」

「あ、ああ……いや、すまない……ちょっと……驚いてしまって」

 まぁ、そりゃそうだろ。

 真夏でも長袖Yシャツを着ているのに、いきなり素っ裸でリビングに乱入する、おのれの姿を見せつけられれば。

 

「すまなかった……クラウド、食事は? これから仕事だろう。きちんと食べないと身体によくないぞ……?」

 そんなことを言ってくれる彼に、涙がこぼれそうになる。

「うん、ちゃんと食べてくよ。……あのさ、帰りにいろいろ調べてくるから。ヴィンセント、心配しないでね。俺が必ずなんとかするから。もし……もし、万一、その姿のままでも、俺は、ヴィンセントがヴィンセントなら、ずっとずっと大好きだからね。愛してるから、ヴィンセント」

「……クラウド」

 『セフィロス』が大きく瞳を見開いた。俺と同じ、魔晄にさらされた蒼い瞳が不思議な輝きを帯びる。

 ……そんな顔をする『セフィロス』は初めて見た。ヴィンセントがしているのだと思っても、なんだか見てはいけないものを目にしたようで、視線のやり場に困惑してしまう。

 

「ありがとう、クラウド……」

 そうつぶやくと、『セフィロス』の顔をしたヴィンセントは、ふんわりと笑った。外見はセフィロスであっても、中身がヴィンセントだとわかるような空気を纏う。

「さ、兄さん、ヴィンセントも、食事にしよう。すぐにセフィロスも戻ってくるだろうしね。まずはきちんと腹ごしらえだよ」

 ヤズーが、てきぱきと料理を並べてゆく。

 いつもと変わらない彼の態度に、どれほどヴィンセントたちは心強く感じていることだろう。

 ダメだ。ダメダメだ、俺は。

 本当に突発的な出来事に弱い。

 こんなときこそ、みんなを元気づけなきゃならないのに、だれよりもヴィンセントを安心させてあげなきゃいけないのに。

 

 そんな俺の内心の焦燥を読みとったのであろうか。

 『セフィロス』の姿をしたヴィンセントが、料理を並べながら、小声で俺に語りかけてきた。

「クラウド……」

「え?」

「私は大丈夫だから……そんな顔をしないでくれ……」

「ヴィンセント……」

「……おまえのつらそうな顔は見たくないんだ」

「……ごめん、俺……」

「違う、そうじゃなくて……先ほどの言葉が……嬉しかったから……とても。おまえが本当に私を思いやってくれているのが……よくわかった……」

「……ヴィ……ヴィンセント〜……」

「クラウドが嫌に思わない限り、私はここに居させてもらうから……」

「うん……うん……ッ き、嫌いになるはずなだろッ? 俺……ヴィンセントのこと好きだよ、ずっとずっと大好きだからね? 愛してるからねッ?」

「あ、ああ……だから、そんなに思い悩むな……必ず元に戻れるときがくると思う……」

「うんっ……うん……」

 情けないことに、じわじわと涙がにじんでくる。ヤズーが静かな笑みを浮かべて、時折、こちらを眺めながら、料理を並べている。だが俺はそんなこと全然気にならなかった。

  

 ヴィンセントを好きになってよかった。

 こんなに素敵な人を。思いやりがあって慈しみ深い人を。

 そして、その人が、俺を選んでくれて……本当に嬉しく思う。

 

「やれやれ、まるでメロドラマだな」

 そう言いながらズカズカと部屋に戻ってきたのは、『ヴィンセント』の姿をしたセフィロスであった。中身が違うだけで、華奢な長身がずいぶんと大きく強そうに見えるものだ。

 彼は長袖のシャツを、二の腕までまくり上げ、長い黒髪は乱暴に紐で括っている。

 

「セフィロス……ほら、座って」

 ヤズーが言う。

「言っとくけどな、セフィロス。俺はヴィンセントがどんな姿でも好きだから。もちろんいつもの黒髪で紅い瞳のヴィンセントは大好きだけど、それでも中身がヴィンセントなら俺、なんでも愛せるからね!」

 俺は胸を張る勢いでそう宣言した。

「ほう、そうかね。……メシ」

「ちょっとちゃんと聞いてるのか、セフィロス」

「ああ、聞いてる聞いてる」

 適当に頷くと、セフィロス……もとい『ヴィンセント』の姿をしたセフィロスは、ガツガツと食べ始めた。

「おかわり」

 ずいと皿を突き出す『ヴィンセント』。

 

 俺は、『ヴィンセント』が三杯目の飯を掻っこむ姿を、生まれて初めて見た。

 そして俺の隣では、「ごちそうさま……」という、蚊の鳴くようなつぶやきが聞こえる。

 

 見れば、サラダと小さな茶碗半分のご飯、焼き魚も半分程度、肉に至っては、ほんの一口か二口か箸をつけず、ナプキンで口を拭っている『セフィロス』がいた。

 

「ちょっ……セフィ……じゃない、ヴィンセント、もういいの?」

「あ、ああ……」

 困惑したように眉を寄せる『セフィロス』。ヴィンセントの癖なのだろう、片手で口元を押さえて、所在なく首を傾げてみせる。

 

「おい、貴様ッ! それはオレの身体だぞ! ちゃんと食っておけ!力が出ないだろう」

 行儀悪くもビシッと箸を突きつけて、怒鳴る『ヴィンセント』。

「で、でも……」

 おどおどと言い返そうとする『セフィロス』。

「あーあー、肉も魚もそんなに残して……よこせッ!」

「あッ……」

「ちょっ……ちょっと、セフィロス……そんな勢いで食べちゃって……言っておくけど、ヴィンセントの身体なんだよ? いきなりそんなに……」

 さすがにヤズーが口を挟んだ。それをフンとばかりに無視して喰い続ける『ヴィンセント』。

「よけいなお世話だ。だいたい大の男がこれくらい食えなくてどうす……」

 と、途中まで言いかけたときであった。いきなり真っ青になって立ち上がる、セフィロス。……もとい『ヴィンセント』。

 

「ヴィ……セ、セフィロス……?」

 不審な目で、『ヴィンセント』を見るヤズー。

「うッ……ぐぅ……?」

「ほらぁ、言わんこっちゃない! はやくつかまってッ! こっち!」

 

 ヤズーがヴィンセントの身体を抱きかかえて、部屋から出てゆく。

 俺たちはそれを呆然と見送った。

 

「……だ、大丈夫だろうか……彼は」

 ヴィンセントの入った『セフィロス』が、ひどく心配そうにつぶやく。

「いや、アンタは自分の身体の心配しろよ……ったくヴィンセントの身体で無茶しやがって……」

「あ、ああ、まぁ……で、でも、あれだけ食べてくれれば、少しは私もセフィロスのように強くなれるかもしれない……」

「いいんだよッ! ヴィンセントはそのまんまでッ! ヴィンセントはヴィンセントでいいの! どこのだれより最高にいいんだからッ!」

「ク、クラウド……声が大きい……」

 『セフィロス』の低い声が俺をたしなめる。

 

「……じゃ、そろそろ仕事、行くな」

 そう言うと、俺は立ち上がった。いつもほどの食欲を発揮できない俺を、『セフィロス』の姿をしたヴィンセントが少し心配そうに見つめる。

「……気をつけて、クラウド」

 玄関まで送ってくれながら、俺の顔を覗き込み語りかける。

 頭では分かっていても、やはり『セフィロス』の姿で、そしてあの低い声で、耳元でささやきかけられると、おかしなくらい心臓がバクバクしてくるのだ。

 

「……クラウド、あまり気に病まないで……事故を起こさぬよう、気をつけてな」

 ヴィンセントは『セフィロス』の声でそう言った。

「あ、う、うん。じゃ、行ってきます!」

 俺はパッと手を挙げると、逃げるように外に出た。玄関まで見送りに来てくれた『セフィロス』が、なにか言いたげな表情でいるのに気づきもせずに。

 

「……あッ」

 と叫んで、俺はあわてて、引き返し、玄関を開けた。

 眉をハの字に落として、うつむいていた『セフィロス』が、驚いて顔をあげる。

「ど、どうしたのだ、忘れ物か?」

「うん、忘れ物。……行ってきます!」

 俺はもう一度、そう挨拶をすると、『セフィロス』の姿をしたヴィンセントの唇に、いつものように口づけた。
 
 白い頬にうっすらと赤みが差してくる。
 
「クラウド……」
 
「ソレ。忘れ物、忘れ物!」
 
 そう言い置いて、俺は今度こそ家を出た。やらなければならないことはたくさんある。

 

「気をつけて……クラウド……」

 そう言って手を振ってくれた『セフィロス』は、まるで聖母のように神々しくて、優しそうで、綺麗で……俺の胸はふたたびドキドキと妖しくざわめきだした。