In the middle of summer
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<6>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 

兄さんを送り出して戻ってきた『セフィロス』に俺は声をかけた。 

「お疲れさま。はい、お茶」

 俺は彼の好きなハーブティーを、気に入りのカップに注ぎ差す。もちろん、『セフィロス』の中身は、フレーバーティー好きのヴィンセントである。

「あ、ああ、すまない、ヤズー」

「フフ、元気出して、ヴィンセント」

「……あ、ああ」

 そうは言っても無理な話だろう。原因も何もわかりゃしない。当然、元に戻す手がかりもない……そんな状況なのだから。

 セフィロスのような傍若無人なキャラクターはともかく、この傷つきやすく繊細な人は、どれほど不安に思っていることだろう。

 

 『セフィロス』の長い指が、器用にカップを支える。

 淡い色味の形よい唇が、カップの縁に口づけられ、芳しい茶を啜っている。

 

「うーん……不躾な話だけどさ、こうしてよくよく見ていると、『セフィロス』って綺麗だよねぇ」

 多少おどけて、俺はそう言った。

「え……いや、ああ、それは……」

「うんうん、やっぱり人間って中身なんだねェ。これまでのセフィロスをそう思わなかったわけじゃないけど、こんなにつくづく綺麗な人だと思って眺めたことはなかったよ」

 これは本音だ。『セフィロス』の中のヴィンセントが、困惑したように視線を泳がせ、カップに目を落とすと、小さな声でつぶやいた。

 

「……私は……あまり関係ないと思う……セフィロスはもともと、とても強くて綺麗な人だから……なんだか……私のような人間が、彼の身体を占領してしまって……申し訳なく思う……」

「ちょっとォ……そんなこと考えてたの? ヴィンセント」

「『私』が中に入ってから……いつものように食事も出来ないし……快活な格好も似合わなくなってしまったようで……その……なんとなく……なのだが……」

 ボソボソと言い訳のようにこぼす『セフィロス』。もとい、ヴィンセントだ。

 そう言われてみれば、いつも黒のノースリーブを着ているセフィロスだが、今日はアイボリーの長袖シャツを来ている。麻生地のそれは、ゆったりとした縫合で均整の取れた上半身をふわりと包み込んでいる。足も素足じゃなくて、きちんと靴下にスリッパだ。

 

「ああ、なるほどね……ふふ……」

「え……あの……ヤズー?」

「あ、ああ、ゴメン。気にすることないよ、ヴィンセント。そういう格好の『セフィロス』もすごく素敵だよ。なんていうか、育ちのいいお坊ちゃんみたいだ」

「ヤ、ヤズー……」

 『セフィロス』の白い頬が桜色に染まる。

 『彼』の照れた顔はこんなにも可愛らしいのだと発見してしまった。ああ、やはり外見における内面の影響力は甚大なのだ。

「それより、俺としてはあなたの身体に入った、セフィロスの行動の方がよほど気になるよ」

「え……あ、ああ……」

「あんな格好で平気で歩き回ってたし」

 俺は今朝の朝食のときの、半裸乱入事件を例に挙げた。

「あ、ああ……確かに……あれは……ショックだった」

「まったくだよ! あなたみたいな、恥じらい深い人の身体を……平気で人前にさらすなんて、無神経というか何というか……」

「ま、まぁまぁ、ヤズー。彼も悪気はなかったのだろう」

 腹一つ立てないで、ヴィンセントが俺をいなした。こういう心根が人を引きつけるのだろうが、本人に自覚はないようだ。

 

「あなたはね、人が良すぎるんだよ」

「……あ……すまない……」

 いつもの癖で、口元を片手で押さえる。そうして困惑した面もちで、上目遣いで見つめられると、さすがに俺でもおかしな気分になる。

 

「ああ、ごめん、違う違う! そういうことじゃなくてさ……俺はあなたのことが好きだから、つい周りの無神経な連中に、ひとこと言いたくなっちゃうワケ」

「…………」

「俺はね、ヴィンセント。あなたの黒髪や紅い瞳が好きなんだよ。肩から首にかけての華奢な線とか、細い腕とかさ。それを、無遠慮に傷つけたり、人目に晒されたりするのは不愉快でね」

「……ヤ、ヤズー」

「ああ、大丈夫。怒っているわけじゃないからさ。ただ、兄さんにしろ、セフィロスにしろ、もうちょっと自覚して欲しいってこと」

「……私も気をつけなければいけないな」

「なにが?」

「これはセフィロスの大切な身体だから……」

 そうつぶやくと、『セフィロス』は静かに髪のリボンを取り外し、指でスッと梳いた。腰まで届く銀の髪が、さらさらと風に揺れる。

「ヤズーと同じ色の……綺麗な髪だ」

「……ヴィンセント」

「つやつやして……銀色に輝いて……」

「俺、黒髪の方が好きだけど?」

 やや挑戦的にそう言ってやると、『セフィロス』が小さく笑った。

 

「ヤズーはやさしいな……」

「……そう?」

「うん……私よりずっと年下なのに……いつも頼ってばかりのような気がする」

「そんなことないでしょ。ヴィンセントだって、俺の話、聞いてくれるじゃない」

「私に出来るのはそれくらいのことだけだから……」

 ふぅと小さな溜め息をつき、微かな笑みを浮かべる『セフィロス』。銀の髪が白い指を滑り、麻のシャツにさらりと落ちた。

 

「……やれやれ、相変わらずの過小評価だね。じゃ、こう考えてみたらどう?」

「……?」

「知ってのとおり、俺はただのきまぐれ男だからね。気に入っている人間にしか関心がないんだよ。そんな俺が、これだけ気を揉むわけだからさ。それだけの価値がある人なんだよ、あなたは」

「ヤ、ヤズー……」

「カダもあなたには懐いているし。昨日もベッドでずっとヴィンセントのことを話していたよ。心配だ心配だって言ってさ。セフィロスのことなんて、ひとっことも言わないの」

 そう言ってやると俺はプッと吹きだしてしまった。

「……?」

「あ、ああ、ごめんごめん。笑っていい状況じゃないとは思うんだけど。カダのヤツがあんまり極端だからさ」

 セフィロスはカダージュの天敵だ。

 はじめて、コスタデルソルの別荘で遭遇したとき、マングースとコブラよろしく睨み合った関係である。

 

 つまり今回の一件においても、カダはただひたすらに、

 

 「……セフィロスの身体『なんか』に入っちゃったヴィンセントが可哀想……」

 「……ヴィンセントの綺麗な身体を、セフィロス『なんか』が自由にするのは許せない……」

       

「一貫して、そんな論調なんだよ。これっぽっちもセフィロスには同情してないの。それで、つい可笑しくてね」

「そ、そうか……カ、カダージュとセフィロスも仲良くしてくれるとよいのだが……」

 また的の外れたことを言うヴィンセント。そんなおやさしい意見が、あの『セフィロス』の口からこぼれ落ちるのが感慨深い。

「ま、それは無理でしょ。とにかくさ、ヴィンセント」

「……ん……?」

「不安がるなっていうのは無理だろうとは思うけど、ひとりで落ち込んで悩んだりしないでね。俺たちもいるし、もちろん兄さんだって必死だろうし。みんなあなたのことが大好きな連中ばっかりだからさ。こういう時こそ、思う存分、他人に甘えればいいんだよ。ね?」

「……ヤズー……」

 『セフィロス』が俺を見つめる。蒼い水晶のような瞳が揺れ、ぽろりと涙の粒がこぼれ落ちた。

「あ……ああ……すまない……つい……」

「あらら、セフィロスの泣き顔って可愛いなぁ。初めてこんな近くで見ちゃった、俺」

 わざとおどけてそう言ってやる。『セフィロス』はあわてて、ごしごしと頬をぬぐったが、涙腺だけはヴィンセント仕様になってしまっているのだろう。

 次から次へ、ぽろぽろと涙がこぼれ落ち、彼は慌てて顔を隠した。

「す、すまない……自分の身体でないせいか……感情の制御が……どうにも……」

「ふふふ、いいじゃない。涙って浄化作用があるんだってよ。我慢しないで泣いちゃいな。俺、ついててあげるし。役得って感じだよね」

  

 そんなところへ先ほどの話題の主、カダージュがポテポテとやってきた。

 どうやら起きてきたところらしく、髪がすっ飛んでいる。

 そしにしてもすごいタイミングだ。

「おはよ〜、ヤズー……セフィ……じゃない、ヴィンセント」

「ああ、カダ、お寝坊さんだな」

「あ、あの……お、おはよう、カダージュ」

 俺の渡したハンカチを掴んだまま、ヴィンセントは腫れた瞳をごまかすようにあいさつした。

 だが、カダージュは、生まれたての子猫のように敏感なところがある。

 

「……ヴィンセント……泣いてるの? なにしてるの、ヤズー?」

「え……ああ、いや違うんだ、カダージュ……」

 『セフィロス』の中のヴィンセントが、カダージュに説明しようとする。だが、カダはおとなしく人の話を聞ける子ではない。

「ヤズーが、ヴィンセント、虐めたの?」

 キッと俺をにらむ。

「違うよ、違う違う。ちょっとからかっただけ」

「ひどいよ、ヤズー! 昨日、あんなにヴィンセントにやさしくしよう!って約束したのにッ!」

 地団駄を踏んで怒りを露わにするカダージュ。

 

「いや、だから、そうじゃなくてね、カダ……」

「ち、違うのだ、カダージュ……その、悲しい涙ではなくて……ええと……その、皆が私のことを心配してくるのが有り難くて……」

「そうなの? ホントなの?」

「そうだよ、俺がヴィンセントを虐めるわけないだろう?」

 ひょいと両手を持ち上げて、俺は頭を振った。

「そ、そうだよね、ヤズーはそんなことしないよね。ヤズーはやさしいもんね」

「そうだよ、困った子だね、カダ」

「うん、わかった。ゴメンね。お腹空いたよ、ヤズー」

 あっさりと納得するカダージュであった。