In the middle of summer
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<15>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 ……そのときであった。

 そんなところに花瓶があったことなど、俺はとうの昔に失念していた。

 

 俺の腕は、バカラの花瓶をはじき飛ばしていたのだ。

 

「あッ!」

「なッ?」

「ヴィ……」

 俺は彼の名を、呼び終えることさえ出来なかった。

 

 ガツン!という重い音……

 そして、バシャッ!と水しぶきを立て、花びらと水が『ヴィンセント』の裸体の上にぶちまけられた。

「あああッ! セ、セフィ? セフィ! 大丈夫かッ?」

 俺は大あわてで、重い花瓶をベッドサイドへ退かし、『ヴィンセント』の細い身体を抱き上げた。さっきのにぶい音は、バカラの花瓶が彼の頭へぶつかった音だ。

 ただでさえ、おかしな現象に見舞われている彼に、これ以上衝撃を与えるなど、考えただけで恐ろしい。

  

「ど、どうしよう、き、救急車? あ、頭……血は……?」

 情けなくも抜け作男のように、ひとりで大騒ぎしてしまう。ヴィンセントにもし万一のことがあったら、俺は自分を許せない。

 気の毒なほど華奢な裸体を、ふたたび抱え上げ、髪に手を差し込む。

「ええと、右のほうだったよな……こ、この辺……?」

 いつ、ぬるりとした血液の感触が指に触れるか、恐怖しつつも、俺はそろそろと手を側頭部へずらしていった。

 

「ん……あ……?」

 半開きの唇から、小さな声がこぼれ落ちた。

「ヴィ……セフィロス? セフィ、しっかり!」

「…………?」

「セ、セフィ? ご、ごめん、頭、平気? 痛くない……?」

「…………」

 無言のまま、ぼうっと惚けているセフィロス。

 その姿に、恐怖が徐々に形を成してゆく。

 

「へ、変なトコぶつけちゃったのかな……あ、あのセフィロス? 俺のことわかる……? しっかりして?」

「……クラウド?」

 『ヴィンセント』が掠れた声でつぶやいた。

「う、うん、そうだよ、よかった、セフィ! ぼうっとしてるから、俺、てっきり打ち所が悪かったんじゃないかって……」

「……打ち所……? セフィ……セフィロス?」

 ぼんやりと俺を見上げる『ヴィンセント』。

「ね、ねぇ、ホント、大丈夫? 他にどっか痛くない? ごめん、本当にごめんね」

「……いや……あの……よくわからないのだが……」

「覚えてないの? ほら、俺と一緒に……」

「……ここは? 私の部屋ではないな……なぜ、クラウドがここに……あああッ!」

 惚けたように辺りを見回していた『ヴィンセント』が、突如、悲鳴をあげた。

 

「なっ……何だ、この姿は……どうして……ふ、服は? なんでクラウドがここにいるんだ? 私は……?」

「え……ちょっ……」

「なにか……は、羽織るものを……」

「え、あ、う、うん」

 とりあえず、さきほど『ヴィンセント』からひん剥いたローブを拾って手渡した。

 大急ぎで肌を隠す『ヴィンセント』。

「ど、どうしたのだろう……私は自分の部屋で休んでいたのだが……」

「……セフィ? 何言ってるの?」

「……? セフィロス? ……いや、私はヴィンセントだが……」

 

「……え?」

 

 俺はゆうに一分は固まっていた。

 そして、恐る恐る口を開く。

 

「……あ、あの……ヴィンセント?」

「……あ、ああ」

「セフィロスじゃなくて……?」

「ああ」

「…………」

「戻れた……ようだな。なにがどうなったのか……よくわからないのだが……」

 ヴィンセントは不思議そうに、きょろきょろと部屋の中を見回す。そしてクシャン!と小さなクシャミをした。

「あ、ああ、大丈夫? ごめん、タオル、タオル……」

「……あ、花が……」

 ヴィンセントは、素肌にこぼれ落ちていた花弁をつまみ上げた。

「ご、ごめんね、花瓶、ヴィンセントの上に倒しちゃって……」

 

 俺は真っ白になった頭で、なんとか言い訳を考えていた。

 いくら世間ずれしているヴィンセントだって、落ち着いてくれば、この状況を理解してしまうだろう。

 どうしよう、どうしよう、俺……

 

 俺は、一生のうち五指に入るであろうピンチにあわてふためいた。

 そんな状況にさらに追い打ちがかけられる。

 

 ドガガガガガガガガガガガガッ!

 と、廊下をとどろかせる足音。

 

 次の瞬間、ドアが壊されるような勢いで、ドカンとぶっ叩かれた。

 

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!! 開けろ、クソガキーッ!」

 

 

「あ、あああ……セ、セフィ……」

「セ、セフィロスか……? ど、どうしたというのだろう……」

 とぼけたことをつぶやく、天然のヴィンセント。

 その間にも、ゲシゲシと扉を蹴り飛ばすセフィロス。

 

「いい度胸だ、この野郎ッ! 覚悟はできているんだろうなーッ!!!」

「あわばばばば」

 俺は今さらながらに、おのれのしでかした愚行に震え上がった。

「クラウド……? どうした?」

「ど、どどどどどどうしよう……」

「……?」

 ふんわりと小首をかしげて、ヴィンセントが俺を見つめる。

 

 ガンガンと扉を叩き付ける音。

「開けろーッ! 貴様ーっ! ブッ殺されたいかーッ!」

 

「ク、クラウド……なにやら怒っているようだが……」

「あ、あの……お、俺……ごめん……もう、どうしよう……」

 

 

 この後のことは、読者の想像にまかせようと思う。

 ……というか、とてもじゃないが、口にする勇気がない。

 

 兎にも角にも、俺は筆舌に尽くしがたい罰を受けた……とでも言っておこうか。

 やはりセフィロスはセフィロスで……もと神羅の英雄で、ひどく強くて乱暴で意地が悪くて残酷で……

 

 俺はもう二度と、馬鹿な真似はすまいと自身に誓った。

 それだけ言い添えておくことにする。

 

 いずれにせよ、このとりかえばや物語の原因は解明されなかった。あえて挙げてみるのなら、どちらも頭に強い衝撃を伴った拍子に発生した……それくらいのことしかわからない。

 

 ここまでで終えてしまおうかとも考えたが、それではさすがに片手落ちだろう。

 あの夜の続きは、まだまだ書けそうにないが、あの後の経過を記しておこうと思う。

 

 悪いが、あまりハッキリ思い出したくないから、俺たちのやり取りだけ。