Summer storm
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<22>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

ヤズーのレクチャーが始まる。

 

 ホストなど、眺めるばかりでやったことはないから、オレも興味深く耳を傾けた。ヴィンセントに至っては真剣そのものだ。

 細かな注意も寸分漏らさず、きちんと頷いて聞き留めている。

 

「お客さんのところに行ったら、片膝ついて『いらっしゃいませ』ね。そして相手の顔を見て『お相手をつとめます、○○と申します。よろしくお願い致します』って、挨拶して。姿勢はずっと片膝着いたまま。オーダーを受けるときもそのままで」

「わかった」

「ヴィンセントはおとなしい雰囲気だから、たぶんお客のほうで、そういうキャラクターだってすぐわかると思う。だから無理にしゃべる必要はないから、上手く聞き役に回って」

「わかった」

「大事なのは、おどおどしないこと。客商売だからね。『控えめに、堂々と』。コレがポイントだよ」

「わ、わかった」

「じゃ、ちょっとやってみようか。兄さん、お客さん役ね。セフィロスは、ちゃんと見ててあげて」

 ヤズーが仕切る。

 

 ヴィンセントは、戸口のところまで戻ると、胸元をそっと押さえ、呼吸を整えた。

 居ずまいをただすと、ふたたび、こちらに歩いてくる。

 

 クラウドの斜め前で、言われたとおり跪いた。

 イロケムシのように優雅な……とはいえないが、生真面目で実直な性格が現れた物腰は、見ていて気持ちのよいものであった。

 

『……いらっしゃいませ。お相手をつとめます……ヴィンセントと申します。よろしくお願いいたします』

「ク、クラウド・ストライフですッ!」

 ガタンと立ち上がるガキ。

「あの……兄さんは黙ってていいから」

「見合いじゃないんだぞ、ボケが」

 

『ご注文を伺います』

「えっと、えっと……アンタを……とか言っちゃマズイよな? ハハハハ……」

「ちょっと、兄さん、真面目にやってくれる? 時間ないんだからね」

 ツケツケとヤズーが言う。

「べ、別にふざけてるわけじゃ……」

「ほら、早くオーダー言って」

「わ、わかってるよ、……キ、キンチョーすんだよッ! わっ! あわわわっ」

 オタオタと不様にテーブルにぶつかるクラウド。

 まったく使えないガキだ。

 

 ただでさえ、時間がないと言っているのに、テーブルの上のグラスを倒してしまう。ヤズーでなくとも辟易とするところだ。

 幸い中身は入っていなかったが、融け残った氷が机にこぼれ出てしまった。

「ああ、もう、なにやってんの、兄さん!」

 うんざりした口調でヤズーが溜め息を吐いた。

 大した水の量では無かったが、ヴィンセントがすぐに机の上を拭いた。
 
 こういったことは、下手なホステスなんぞより、遙かに手際が良いだろう。

 

 こぼれ出た氷のカケラが水に変わる。
 
 一部、拭き取り損なったものがあったのだろう。

 ツーと透明のしずくがガラステーブルを伝い、ポトリと一滴、オレの靴の上にこぼれ落ちた。
 
 

「おい、靴が濡れた」

 床に跪いたヴィンセントを睥睨し、足を組んだまま、オレは冷ややかに言い放った。

 ヤツは一瞬、逡巡する。

 

『……御足を失礼します』

 そう申し出ると、オレの足元に身を伏せる。

 ヴィンセントは、跪いたまま、濡れた靴を恭しく左手で受け、ポケットチーフでそっと水滴を拭った。

 

「フフフ、上出来だ」

 オレはもったいなくも『お褒めの言葉』をかけてやった。

 その声に弾かれたように、クラウドが正気づく。ガキが何か言う前に、

「……セフィロス、やりすぎ」

 と、ヤズーが低く文句を言った。

 

「フハハハハ! ああ、いい気分だ! こういう専属ホストなら、側に置きたいものだな」

「ちょっ……オイィィィ! アンタ、ヴィンセントになんてことさせるんだ〜ッ! セフィのバカヤローッ! このこのこの〜ッ!」

「フフン、使えないガキは黙ってろ、バカめが!」

「ク、クラウド、これは訓練だから……」

 殴りかからんばかりのクラウドを、ヴィンセントが止める。

 ヤズーに至っては、このバカ正直な麗人に、苦笑するしかないらしい。困惑したような表情で、口元を押さえている。

 

「それより、ヤズー、どうだろうか? 言われたことはなるべく注意してやってみたつもりなのだが……」

「うんうん、セフィロスじゃないけど、上出来だよ。とても丁寧でいいカンジだったよ」

「そ、そうか」

「うん。後はとにかく、落ち着いて、なにか困ったとしても、お客さんの前でオドオドしないこと」

「わ、わかった」

「まぁ、こういう店だからね。あまり変な客は来ないし。特に今日のヴィンセントの相手は特別席を予約するような人たちだから」

「あ、ああ」

「特別席は奥の方だし、控え室からすぐだからね。心配いらないよ」

「ヴィンセントッ! 変なことされたら、すぐ俺たちのところに逃げて来るんだぞッ!? 我慢すんなよッ! ただでさえ、アンタはおとなしくて綺麗で、人から頼まれると嫌って言えないほど、やさしくて……」

「クラウド……大丈夫だから……」

「そのおっとりしたところが心配なんだよッ! もう、自覚がないんだからな、アンタは!」

「落ち着け、ガキ。もう時間だろう、ヴィンセント」

 ひとりノロケ状態のクラウドの言葉を遮り、オレは時計を見てそう言った。

 

「では……そろそろ行ってくる」

 めずらしくも紅い瞳に強い光を宿し、ヴィンセントがつぶやいた。

「うん、俺たちも、裏方から見てるから」

「よろしく頼む。じゃ……」

 そういうと、しっかりとした足取りで、ヴィンセントは部屋を出ていった。