Summer Vacation 
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<4>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

「……その、さきほどは助かった……恩に着る」

 家を出ると、となりを歩くヴィンセントが独り言のようにつぶやいた。彼の声は低くて、なにより小さくて聞き取りにくい。

 俺は最初、何を言われているのか、すぐに理解できなかった。

「何? 兄さん、置いてきたこと?」

 と訊いてみる。

「そ、そうではなくて……あの……カダージュがセフィロスに挑み掛かったとき……私の制止を聞いてくれたおかげで大事にはいたらなかった……ありがとう……」

 俺はつい、マジマジとヴィンセントの細面を見つめていた。彼と俺とは背丈がほとんど変わらないらしい。

「な、なんだ?」

 と、ヴィンセント。

「ふぅん。ヴィンセントって……ああ、天然なんだね」

「え……?」

「いや、兄さんが、ヴィンセントのこと、あれほど好きな理由がわかるなって思ってさ。それにヤキモチ焼く気持ちもね」

 ふふふ、と笑いつつ俺はそう言ってやった。

 

「……その、すまない……私は疎いので……言っている意味がよくわからないのだが……」

「ううん、ゴメン。いいんだよ。それより、お礼を言わなきゃならないのは俺の方だ」

 俺はさっきからずっと言おうと思っていたことを口に出した。

「カダに言ってくれた言葉、嬉しかったよ。あんな風にカダに物を言ってくれる人……他にはいないからね」

「え……いや……あの……」

 何を語りかけても、しどろもどろになるヴィンセント。

「『おまえたちと話す機会を失うのは寂しいことだ。またしばらく居て欲しい』ってさ」

「……え? あ、いや……それは本当の……ことだし。私も……その……おまえたちと一緒に過ごす時間が楽しいのだから……」

 本当に人のいい……そして人の気持ちを読める人だ。到底機微に長けているとは言えない兄さんと、一緒に居るのはもったいないほどに。

 

「まさか、『楽しい時間』なんて言ってもらえるとはね、ヴィンセント」

「……いや、それは私が勝手にそう思っているだけだから」

「俺もとても楽しいよ、特にあなたと話している時間はね」

「……あ、ありがとう」

 少し驚いたように、困惑したように、彼はそうつぶやいた。

 どうしてこの人は、こんなにも自信なさげで人見知りするのだろう。ついつい意地の悪い質問をしたくなる。

 

「……セフィロスと過ごす時間も楽しいの?」

 いきなりそう返されて、ヴィンセントは驚いたようだ。ルビーのような濃い紅の瞳を瞠る。

「……その……それは……」

「まさか、兄さんの家で、セフィロスに居合わせるとは思わなかったよ」

「…………」

「兄さん、『居てもらってる』って言い方してたけど?」

「……あ、ああ……いや……」

「別に俺がどうのこうの言う筋合いじゃないとは思うけどね」

 俺はそう前置きして、言葉を続けた。

「さすがに兄さん、無神経なんじゃない? あなたに対して」

「…………」

「ヴィンセント、兄さんとあの男のこと……多少なりとも知っているわけでしょ?」

「……それは……まぁ……」

「図々しいというか……無神経というか……頭の中身まで可愛らしいというか……」

「ヤ、ヤズー……」

「ま、これは俺の独り言。でもさ、兄さんに言いにくいことがあれば俺に言ってくれてもかまわないよ。ストレス溜まるでしょ? 俺、モメ事好きだしね、退屈しないですむし」

 そういうと、俺はにっと笑って見せた。自分の容貌でそういう笑い方をすると、どう映るのか、よくよく知った上で。

 

「……ヤズーたちにとって……セフィロスという存在がどういうものなのかは……私になど推し量れるものではないが……」

 少し間をあけて、ヴィンセントが静かに語りだした。

「クラウドにとって、セフィロスが特別であるように……私にも、セフィロスという人間は……その……なんといえばよいのだろうか……」

 彼は言葉を捜しているようだ。俺はヴィンセントの話の続きを待った。

「その……想いの在る人間なんだ……」

「想いの在る……ね」

「あ……すまない。上手い言い方ができなくて……わかりにくいだろうが……」

「ふふふ、もちろん、全然わからないよ」

 俺はおどけたように、ひょいと両手を上げて見せた。

 

「でもね、別にいいんだ、そんなことは。ヴィンセントがそれでいいんならかまわないよ」

 不思議そうに俺を見るヴィンセント。

「言ったでしょ。俺、あなたのこと、ホントに気に入ってるんだよ。話していると落ち着くっていうか。それこそ、楽しいし」

「……そんなことを言われたのは初めてだ……」

 朴訥とした物言いが、いかにも彼らしくて、俺は吹き出すのをこらえられなかった。

「そうなの? みんなそう感じてると思うよ。口に出すか出さないかだけで。ヴィンセントは素敵だよ、とてもね。あなたと話してると楽しいし、落ち着くし、安心するし。外見も綺麗だし、ね?」

「……ヤズーに言われても……冗談を言われているようだ」

「そんなことないでしょ。俺とヴィンセント、お似合いだと思うけど?」

 困惑する様を見てみたくて、そんなことを言ってみる。案の定、綺麗な目を、またもや見開いて俺を見遣り、目線が合うとすぐさま視線を外す。

「何を馬鹿な……」

「だって、ほら、見てご覧よ」

 俺は言った。

 この時間だ。メインストリートを多くの女性たちが通っている。老若問わず、俺たちのことを眺めやっているのには、最初から気が付いていた。中には声高に歓声を上げるような、ぶしつけな少女もいる。

 じっと見つめる娘たちに、微笑みつつ手を振ってやると、彼女たちはそれこそ「キャーッ!」と嬌声を上げ、頬を染めるのであった。

 

「ね?」

「ヤ、ヤズー……」

「ああ、だいじょうぶ。別にカップルだと思われてるわけじゃないから。綺麗なお兄さんがふたりして歩いてるって見せ物になってるだけだよ」

 困り顔のヴィンセントに微笑み返す。

「女性たちが見ているのは……ヤズーのことだと思うのだが」

「やれやれ、自覚がないっていうのは怖いねぇ。でもその方がヴィンセントらしくていいかな。さ、急ごう。兄さん、首を長くして待ってるよ」

 俺はいたずらっぽくそう言ってやった。

 

 

                                   ★

 

 

「ただいま」

 予定通り、迅速に買い物を終えて、俺たちは帰宅した。けっこうな分量になる荷物の多くを、俺が持とうとしたのだが、ヴィンセントがいうことを訊いてくれない。

 一応、3:2くらいで納得してくれたのでよかったのだが。

 

 ドタバタと派手な足音を立てて、兄さんとカダージュが走ってくる。

「おかえり、ヴィンセント! あ、荷物、貸せよ、キッチンでいいんだよな? な、大丈夫か? 疲れてない?」

「おかえり〜、ヤズー、ヴィンセント、僕、袋持っていってあげる。あ、ねぇねぇ、お菓子、買ってくれた〜?」

 ……本物の『兄弟』と言われても、この二人についてはなんとなく信じてしまえそうなカンジだ。最初は外見のせいかと思っていたのだが、兄さんもずいぶんと可愛らしい人だ。兄さんとカダージュは多少似たところがある。

 ワガママで単純で、人恋しい人間たちなのだ。

 

「じゃ……ヤズー……私は食事の支度をするから……」

「あ、もちろん、手伝うよ」

「……すまない。疲れているのに」

 そんなことを言ってくれるヴィンセント。

「俺が手伝うッ!」

 と、横合いから兄さん。

「僕も、僕もッ!」

 というのはカダだ。

 まるきりホームドラマの一風景だ。

 タイトルは『ストライフ家の人々』だろうか。その中で、おそらくは家長を自負しているであろう、兄さんは想像以上に幼かった。

 

「いや、クラウド……気持ちは嬉しいのだが……その……」

「だろッ? さ、手伝うから、何でも言ってくれ!」

「……だが……クラウドは、器具の使い方を知らないだろう。それに、香料や下ごしらえや……その……」

「もう、ヴィンセント。はっきり言ってやったら? あのね、兄さん。あんまりヴィンセントを困らせるんじゃないよ。食事の支度ってハッキリ言って専門技術だから。特にヴィンセントくらいのレベルになるとね」

「ヤ、ヤズー……」

 おろおろとヴィンセントが俺の服を引っ張る。

「カダもわかったろう? おとなしくしてろ」

 俺は言った。

「は〜い」

「ちぇっ」

 わりと素直なのはカダージュ。舌打ちするのは兄さんだ。

 ブツブツ言いながら引っ込むふたりを、セフィロスが寝ころびながら面白そうに眺めている。できもしないくせに、手伝うと言ってこられるのも困惑するが、最初から指一本動かすつもりがないというのも不快なものだ。

 俺がそう耳打ちしてやると、ヴィンセントは苦笑しつつこう答えた。

 

「でも、セフィロスは私の作った食事を、残さずきちんと食べてくれるんだ。たまに誉めてくれることもある」

「……はぁ?」

「そういう様子を見るのは……その……やはり嬉しいものだな」

 彼は微かに頬を上気させている。

「……いや、ヴィンセント……」

「そ、それに、ほら、今はおまえたちもいるわけだから……カダージュやロッズもよく食べてくれるし」

「あ〜あ……もう、なんというかね。負けるよ、ヴィンセントには」

「え?」

「うん、やっぱりあなたは素敵な人だね。……すごく新鮮だ」

「あ、あの……?」

「ううん、いや、独り言。さ、始めよう。何でも言って」

 俺は戸惑うヴィンセントにそう告げた。