うらしまクラウド
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<3>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

  

 

 そんなときであった。

 

 ……まったくこの人は、タイミングがいいと言おうか悪いと言おうか……

 

 自称・神のセフィロスは、相も変わらぬ不遜な態度で、居間への扉を叩きつけるのだった。

  バンと小気味の良い音がして、ドアが開く。

「おい、小腹が空いた。なにか用意しろ」

 図々しいことこの上ない。

「……ちょっとォ、セフィロス。取り込み中だよ」

「あ、ああ、すまない、セフィロス。少しだけ待ってくれ、すぐに……」

 冷ややかに言い返す俺とは対照的に、ヴィンセントがやわらかく応じる。

 

「……なんだ、ガキ、無傷じゃないか。悪運の強いヤツだな」

 セフィロスは、兄さんを見て、いつものようにフフンと鼻で笑った。

「バイクで転倒などというマヌケっぷりから、足の一本でも無くしたのかと思った」

「よしてよ、セフィロス」

 適当に彼をいなす。

 

 異変は唐突に発生した。

 

 ……それまで、借りてきた猫のように大人しかった彼が豹変したのは、まさにこのときだったのだ。

 ……セフィロスを見た瞬間……

 

 ものすごい勢いで、兄さんが立ち上がった。まわりに座っている俺たちなど、まったく目に入らぬ勢いで。

 彼の蒼い瞳が、激しい恐怖と絶望の色を宿し、ギリギリまで見開かれる。

 喉の奥から、「ヒ……」という笛が鳴るような音が聞こえた。

 

「……あ……あ……あ……」

 わなわなと震え出し、苦鳴が喉から絞り出される。

「……に、兄さん?」

「……うあ……あ……あ……ッ!」

 唖のような奇妙な声は、すぐさま悲鳴にとって替わられた。

「あああーッ!」 

 喉が裂けんばかりに絶叫すると、彼は闇雲に背から大剣を抜き出した。

「兄さんッ? どうしたのッ?」

「クラウド……ッ!」

 俺とヴィンセントの制止も聞かず、彼はセフィロスに向かって剣を構える。

 

「あ……あ…… セ、セフィロス……ッ! ……なぜ……なぜ……ここに……ッ!」

「……? おい、何だ、クソガキ」

 怪訝そうなセフィロスの様子を見止めるでもなく、兄さんは一方的に言葉を紡いだ。

「こ、来ないでくれッ! もう……もう……オレはアンタの玩具じゃないッ! オレは……オレは……ッ!」

「クラウド、落ち着いてくれ!」

 ヴィンセントが慌てて止めに入る。だが、兄さんは彼を一顧だにしない。差し出された手をバシッと弾き、そのままセフィロスに斬りかかったのだった。

 

「あああーッ!」

「兄さん!」

「クラウド!」

 

「なにを血迷ってやがる……バカめが!」

 吐き捨てるようにセフィロスが毒づいた。

 彼は冷静そのものであった。スイと身をかわし、バランスを崩した兄さんの足を軽く払う。

「うぁ……ッ!」

 ガシン!と派手な音を立てて、剣が床に転がり、彼はそのまま膝をついてしまった。

 まったく勝負にならない。大人と子どもだ。

 

 ……あたりまえだろう。

 激昂している相手ほど、倒すのに容易なものはない。乱れた太刀筋、不安定な構え……そして冷静な判断力まで失っている相手など、セフィロスの敵ではない。

 

「おい……クソガキ、何の真似だ」

 セフィロスは、ぐいと兄さんの胸ぐらを掴んで立ち上がらせる。操り人形のように引きずり起こされ、白い喉から掠れた悲鳴があがった。

「……ひ……あ……ああ……ッ」

「セフィロス、ちょっと待って! 彼は違うんだよッ!」

 俺は慌てて声を掛けた。

「はぁ? 何がだ。コイツがどうしたって言うんだ?」

「……あ……あ……セ、セフィ……ロス」

 引きずり上げられた身体が、ガタガタと震え出す。

「いや……いや……だ……放せ……!」

「『放せ』だと? 自分から向かってきやがったくせに、どういう言いぐさだ」

「あ……あ……ちが……ちがう……セ、セフィ……ロ……」

「おい? なんだ、貴様は……いったい」

 さすがにセフィロスも異常に気付いたのだろう。掴み上げた腕をゆるめ、彼の身体をドサリと床に投げ出した。

 ゲホゲホと、空えづきを繰り返す兄さん。

 

「……セフィロス、すまない、彼は……!」

 ヴィンセントが急いでセフィロスの傍らに控える。おそらくこれ以上、兄さんに暴力を振るわせないようにだろう。

 

「……あ……あ……セフィ……ロス……」

「しっかりして、兄さん!」

「ああッ……! セフィ……セフィロス!! ご、ごめ……ごめんなさいッ! ごめんなさい……ッ!」

 悲鳴のように、兄さんが叫んだ。

 

「……? に、兄さん?」

 セフィロスの足下に這い蹲ったまま、目に見えるほどガタガタと身を震わせている。どう見ても明らかにおかしい。

「違う……ちがうんだ……セフィロス……オレ、オレは……ただ……」

「……おい?」

 セフィロスがわずかに腰をかがめ、兄さんの顔を覗き込もうとした。すると彼は弾かれたように身を引き、ふたたび震えながら謝罪の言葉を繰り返した。

「ち、ちがう……違うんだ……! オ、オレは……ただ……! ご、ごめんなさい……ごめんなさいッ! ゆる……して……セフィロス……!!」

 大きな瞳から、ボロボロと涙が溢れ出し、惜しげもなく床を濡らしてゆく。

 

「ご、ごめんなさい……ッ! でも、オレ……オレ……もう……ッ!」

「おい、クラウド!」

「オレは、ずっとアンタのことを……でも……でも……!! ごめんなさいッ! な、なんでもするから……オレ……なんでも……!! だから……ゆるし……て……」

「ちょっと……落ち着いて、兄さん。どうしたって言うの!?」

 うずくまったままの小柄な身体を抱き上げる。すると、セフィロスの視線を避けるように、俺の胸にしがみついてきた。

 しなやかな筋肉に覆われた身体が、小動物のようにブルブルと震えている。

 とにかく彼を安心させてやらなければ話にならない。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。……セフィロスは何もしない。姿形は似ているんだろうけど、君の知っているセフィロスじゃないんだよ」

「……え……え……?」

「安心して……悪いようにはしないから。だから少し休もう」

 抱きしめたまま、ゆっくり奥のソファに移動し、そっと座らせる。その間に、機転の利くヴィンセントが、セフィロスを部屋の外に連れ出した。

 

「……セ、セフィロス……は? セフィロス……?」

 不安そうに彼を気にする兄さん。

「……大丈夫。さっきの人は、確かにセフィロスだけど、恐れる必要は全くないよ。君が何かしないかぎり、君を傷つけたりすることはない」

「……で、でも……セ、セフィロス……なんでしょう……?」

「うん。こっちの世界のね」

「……『こっちの世界』……」

 兄さんは惚けたように、俺の言葉を繰り返した。

「……君はひどく疲れているんだ。だから少し休んで気を落ち着けよう……ヴィンセント」

 居間に戻ってきたヴィンセントに、ひとつ頷いてみせると、彼はすでに準備していた睡眠薬と安定剤を持ってきてくれた。

 

「さぁ、兄さん。これ、飲んで」

「……でも……オレ……」

「大丈夫だから。ほんのちょっと眠ろう? さっきも言ったろう。兄さんはとても疲れてるんだよ。知らないことばかりの世界に来て、心が竦んでしまっている」

「…………」

「ちゃんと眠って……ごはん食べて、なにかいい方法がないか、みんなで一緒に考えてみよう?」

「…………」

「……ね?」

「……う、うん」

 ようやく彼は小さく頷いてくれた。気付かれないようにホッと吐息する。

 

 本当に疲労困憊していたのだろう。

 彼は薬を飲むなり、気絶したように寝入ってしまった。桜色の頬に、涙の跡が幾筋も弧を描いている。

「……可哀想に……」

 ヴィンセントが小さくつぶやいた。

「そうだね……ずいぶんと不安定みたいだ」

 俺は、彼の身体を抱き上げ、間仕切りの向こう側のサンルームに移動した。もう日暮れなので、サンルームといってもまぶしいことはない。そちらには寝椅子や毛布などが置いてある。

 そっと彼の身体を安置し、冷えないように毛布を掛けてやると、俺は音を立てないように気を付けて居間に戻ったのであった。