うらしまクラウド 〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜 <4> ヤズー
居間には、ヴィンセント、そして飼い猫のヴィンと戯れているセフィロスが居た。
「……クラウドの様子は?」
ヴィンセントが心配そうに訊ねてきた。
「うん……薬が効いているからね。とりあえず落ち着いて眠ってる」
「……そうか」
「で、どういうことなんだ、アレは?」
セフィロスが興味深そうに訊く。
……まったく人の悪い男だ。表情からして、半分楽しんでいるのが見て取れる。
「くわしいことは俺にもよくわからないよ。ただ、彼の話から推察すると、同じ『クラウド』でも別人だね。俺やヴィンセントのこともわからなかったし、この土地のことも家のことも、まったく知らないようだ」
「……ほぅ、『クラウド』が何人もいるのか。ひとりくらい専属で欲しいものだな」
「ちょっと……真面目に聞いてよ、セフィロス」
キツイ口調でたしなめる。
「フン……では、今朝までここに居た、あのガキはどこへ行ったんだ?」
「そ、それは……わからないよ……」
俺はヴィンセントから目線を逸らせ、小声で答えた。彼の整った面差しが、悲嘆に暮れるのを見るのはつらい。
「……クラウド……」
「ヴィンセント、そんな顔しないで。兄さんなら、きっと無事だよ」
「ヤズー……」
「だって、あっちの世界の兄さんがこうして、ここに居るんだよ? 俺たちの兄さんも元気にしているはずだろう?」
「……でも……」
「どう見ても、俺たちの兄さんのほうが、ふてぶてしそうだしさ。きっと今頃、あなたの名前を呼んで、帰る方法を捜しているところだよ」
「……ああ……そう……だな」
ようやく、頷いてくれるヴィンセント。
「帰る方法な。そんなモンあるのか?」
無神経きわまりない発言はセフィロスである。
「何かあるはずでしょ。もっとも現段階では、ちょっとよくわからないけど」
「そもそも、入れ替わった理由もわからないではないか」
「それはそうだが……でも、セフィロス……彼の前でひどいことは言わないであげてくれ……可哀想に……すっかり怯えてしまっている」
「なんだ、オレのせいか?」
「そ、そうではないが……この場所に来て、唯一君のことだけは認識していたようだ。あ、ああ、もちろん、彼の知っている『セフィロス』と君は別の人物であるわけだが……影響は強いと思うんだ」
「そうだろうね。あんなに震えて謝るくらいだもんね。……いったい『あっちのセフィロス』は彼に何をしてくれたんだろうねェ?」
ツケツケと俺は言ってやった。もちろん、別人物だと理解した上で。
「向こうのオレ様は躾けがキビシイんだろ」
「イヤラシイんだよ、あなたは!」
「……ふ、ふたりとも……でも、いずれにせよ、しばらくはこの家で安静にしていてもらおう。その間に、なにかしら手がかりを見つけられるとよいのだが……」
思案深げにヴィンセントがささやいた。
「手がかりねぇ……また前の入れ替わり騒動のときみたいに、いきなり元に戻るんじゃないの?」
「え、あ、ああ……」
「そういえば、あの時はふたりとも散々な目にあったものねェ。少しは今の兄さんの気持ちもわかってあげられるんじゃない?」
何気なくそう言うと、ヴィンセントは困惑したように顔を伏せ、セフィロスは苦虫を噛みつぶしたような表情になった。
「……さしあたってのところだけど、彼には、兄さんの私室、使ってもらう?」
「……ああ、そうだな。後で少し片づけておこう」
ヴィンセントが言った。
「そうだね。なるべく面倒は俺が見るようにするよ。……ヴィンセントにはキツイでしょう?」
「え、あ……いや……そんなことは……」
「いいんだよ、無理しなくて。……大丈夫だよ、ヴィンセントの兄さんも、ちゃんとどっかに居るって。すぐ元に戻れるよ」
何の当てもない言葉だったが、俺がそういうと、ヴィンセントは静かに頷いてくれた。
「……心配なのはアナタだよ、セフィロス」
「フフン、別におまえには関係ないだろ」
ヴィンの額を撫でつつセフィロスが笑った。なぜか我が家のアイドル、黒猫のヴィンは彼に懐いているのだ。
「関係ないってコトないでしょ。まぁ、確かに、俺はあの『兄さん』のことは知らないけど、あんなに心細そうにしているの、放っておけないじゃない」
「ほぅ。貴様は案外節介焼きだったんだな。もっと冷たいヤツかと思っていた」
「なんとでも。フフ、ヴィンセントと一緒にいるようになってから、俺も少しばかり感化されちゃったかもしれないね」
「……え……?」
言われていることがよくわかっていないのか、彼は瞬きを繰り返した。
「……カダージュたちには俺のほうから話をしておくから」
「そうしてもらえれば助かる……」
「セフィロスは、兄さんを刺激しないようにね。あの怖がりよう見たでしょ? 絶対に脅かしたりしないでよ?」
「フフン、そう言われると虐めたくなるな。あんなクラウドも可愛いではないか。久しぶりに見たぞ、アレの泣き顔は」
にやにやと笑いながらセフィロスが言った。
「あなたねェ!」
さすがにキツイ口調でたしなめようとした俺を、意外にもヴィンセントが止めた。
「いや……ヤズー……セフィロスの存在はひとつキーになるのではなかろうか」
「ヴィンセント?」
「彼が唯一、この場所で、『見知った人間』として反応した人物はセフィロスだけだ。『クラウド』は未だに現実を認識できていない。自分の世界のセフィロスと、ここのセフィロスを識別してはいない……」
「……まぁ、そう……だよね。少し考えれば、姿形は一緒でも『別世界のセフィロス』だとわかるはずなのに」
「ああ。……だから、まずはきちんと、セフィロスのことを、『別の人物』だと理解してもらって、現在置かれた状況を認識してもらわなければ、なにか方法を捜すにしても心許ないのではなかろうか」
「……うん、それについてはヴィンセントと同感だよ。でも、『別の人物』と認識もなにも、一目見ただけで、あの取り乱しようだからね。少しずつ慣らせてやらないと」
俺は頭の中で試行錯誤しつつ、ゆっくりとそう言った。
「うん……まぁ、しばらくはここに慣れてもらうことを最優先しよう。セフィロスは、なるべく兄さんにやさしくしてあげてね。とにかく彼の恐れているセフィロスじゃないって、わかってもらわなきゃならないんだから」
「やさしくねぇ……」
クックックッと含み笑いをするセフィロス。本当にタチの悪い人だ。
「フフン……いいだろう。出来る限り可愛がってやることにする」
「ちょっ……アナタ、本当にわかって言ってるの?」
と、キツイ口調で言い返した俺の袖を、ヴィンセントが泣き出しそうな顔つきで引っ張る。普段ならもう少し、シビアに念を押すところだが、泣き顔の彼にはかなわない。ひとつ溜め息を吐くと、俺はソファに座り直した。
「まぁ、すこしあのガキと話をしたい気もするしな。ああも怯えられてはそれさえかなわないだろう。向こうのオレがどんな人物なのか興味がある」
「悪魔みたいな人なんじゃない?」
「ふふ、そう誉めるな」
「ホメ言葉になっちゃうんだね、今の」
「みゅんみゅん!」
「あたりまえだろ、なぁ? ヴィン……」
「ヤ、ヤズー、セフィロス……」
「そらそら、あまりオレ様につっかかると、おまえの気に入りが泣き出すぞ」
困惑したヴィンセントの顔を一瞥すると、ひどく楽しそうに彼は嘲笑った。