うらしまクラウド
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<6>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 するとちょうど『兄さん』が風呂から上がってきたところだった。

 おそらくヴィンセントが気を利かせて、広い方のバスルームを使わせたのだろう。

 

「……あ……」

 『兄さん』は、俺の姿を見ると、小さく声を出した。

「どう? ちゃんと温まった?」

 努めて明るくやさしくそう訊ねる。

「うん……あの……ごめん……迷惑かけて」

「何言ってるの? 全然そんな風に思ってないよ」

「……あ、ありがと」

「クラウド、話をするなら、上着を羽織れ……」

 ヴィンセントが、しょげたふうの彼の肩に、ガウンを着せ掛けた。 

「ありがと……」

「やれやれ、他人行儀で寂しくなるよねェ、ヴィンセント。確かに君は俺たちの知っている『兄さん』じゃないけどさ。姿形はそっくりの『クラウド』なんだから、もっとうち解けて欲しいなぁ」

「……ふふ、まったくだな。大人しいクラウドは見ていて心許ない」

「……あ、う、うん」

 『兄さん』は照れたように頷いた。湯に入ったせいだろう。白い頬に朱味が差している様は、なんだかとても可愛らしくて、彼を年齢よりもずっと幼く見せた。

 

「ヤズー……飲み物を淹れた。座って話した方がいいだろう」

「うん。あなたもね」

 俺たちは、昼と同じように、兄さんを囲んで座った。

 セフィロスはおそらく外泊か、夜中にならなければ帰ってこないだろう。ならば、ここで会話しても安全ということだ。

 

 飲み物も各人の好みに合わせて用意してくれるヴィンセント。こんな気配りは、常人にはなかなかできない。

 ちなみに、俺にはアイリッシュカフェ、ヴィンセントはハーブティ、兄さんにはミルクティーだ。

 美味しそうに熱いミルクティーを啜る兄さんは、ずいぶん落ち着きを取り戻したように見えた。

 

「ねぇ、『兄さん』。嫌じゃなかったら、レオンさんのこと聞かせてよ。一緒に住んでるんでしょう?」

 自分の好きな人のことを聞かれて不快になる者はいない。

 彼は『レオン』という名を耳にしただけで、さらにポッと頬を赤らめるのだった。

「『兄さん』が好きになるくらいなんだから、きっと素敵な人なんだろうね?」

 俺は気を引き立てるように話を向けた。

「う、うん……レオンはね、すごくやさしいんだよ。怒ったりしたところ、見たことないや。いっつも、遠い方見てうんうんって頷いてる」

 ……微妙な話だ。

 いや、鷹揚な人物と称賛すべきだろうか。

 

「一緒に生活してるんでしょ?」

「うん……でも、わりと最近なんだ。オレがレオンの家に厄介になったのって」

「へぇ。じゃ、デキたてってカンジ?」

「ヤ、ヤズー……」

 消え入りそうな物言いはヴィンセントだ。直接的な物言いは大の苦手の彼である。見ればこの段階で、すでに頬を上気させていた。

「ケガしたオレをレオンが助けてくれて……行くトコないって言ったら、ここに居ろって。独りになるなって言ってくれて……」

 その時のことを思い出したのか、彼はひどく懐かしそうに微笑んだ。

「ふぅん、いいねェ。やさしい人なんだね」

「うん。やさしくて……面倒見が良くて……ホント……やさしくて……ちょっと鈍感な部分はあるけど、それでも本当にやさしいんだ」

 『やさしい』と同じ言葉を繰り返し口にする兄さん。

 

「今朝、その彼とケンカしたって言ってたよね?」

 思い出すままに、そう訊ねる。

「うん……あんなこと……言わなきゃよかった。つい……イライラして……」

「まぁね、一緒に住んでいれば、ケンカのひとつやふたつあるでしょ」

 気楽な口調でそう言ってやる。

「……何が原因で口論になってしまったんだ? そんなやさしい人と言い争いになるなど……」

「う、うん……あの……朝ゴハンのことなんだけど……」

「『朝ゴハン』……?」

 俺とヴィンセントは声をそろえて復唱してしまった。

「オレ……生のピーマン、食べらんないの。でも、レオン、サラダに入れるんだよね。前にもキライだって言ったのに。オレの話したこと、ちゃんと聞いてくれないんだもん……」

「……そ、そう」

「…………」

 頷くのがやっとの俺。声も出ないヴィンセント。

「……なんていうかさ……ピーマンがどうこうっていうよりも、レオンがオレの言ったことなんて、どうでもいいって思ってるような気がしちゃって……別にオレなんて、レオンにとっちゃ居ても居なくても変わらないじゃないかな……なんて」

 彼は思い詰めような表情をする。さすがにこの場で、『神経質すぎる』などと口にすることは憚られた。『兄さん』は真剣そのもので語っているのだ。

 

「そ、そんなことないでしょ? ね、ねぇ、ヴィンセント」

「え、あ、ああ……」

「……レオンはちゃんと聞いてるって言うんだけどね……」

 ぽつりと彼はつぶやいた。

「あー……っていうか……あの、兄さんの気持ちは、レオンさん、ちゃんと知ってるんだよね……? あの友情とか……そういうんじゃなくて……」

「う、うん、それは……最初のとき、一応確認したつもりだったけど……」

 ……なぜか、かなり際どい話になりつつある。

「……なんかオレ……最初のとき……すごくレオンのこと……困らせちゃったの」

「……困らせた……とは?」

 意外にもヴィンセントが、真面目な声音で……だがおっかなびっくりといったふうに、先を促した。

 別人とはいえ、同じ『クラウド』相手に、真剣に応対しているのだろう。

 

「レオンはね……フツーの人なんだよ、オレと違って」

 そんなふうに、『兄さん』は切り出した。

「オレはヘンなんだけど、レオンはまともなの。だからきっとレオン、同情したんだと思う……」

「ちょっ……ちょっと、ゴメン。話が見えないんだけど……あの、まともだのヘンだのって……」

「……話したら、きっとオレのこと嫌いになるよ」

 『兄さん』は俺たちとは目を合わさずに、ボソッとつぶやいた。

「そんなことあるわけないじゃない。どうして、そんなふうに思うのかなぁ?」

「……とにかく、オレ、フツーと違うの。セフィロスに……そうされちゃったから……」

 消え入るような声音で『兄さん』は言った。

 さすがにそれ以上訊ねるのは、気の毒だと思えるほど、悄然と俯いてしまう。

「……レオンはオレのそういうとこ、ちゃんとわかってるのに……それでも一緒に居てくれる。気味悪がったりしないんだ」

「…………」

「レオンも……あの時、好きって言ってくれたけど……でも、きっとそれは、オレのこと同情して……可哀想に感じて……受け入れてくれたのかもしれない」

「『兄さん』……」

「待て……それはレオンという人に対して、失礼なのではないのか?」

 黙っていられないといった様子でヴィンセントが口を挟む。

 

「……え?」

「事情はよくわからないが……仮にレオンがおまえに対して、わずかなりの同情を禁じえなかったとしても、彼はおまえを受け入れたのだろう? すべてをひっくるめた、おまえの一番大切な気持ちを引き受けてくれた人間ではないか」

「……ヴィンセントさん」

「不安な気持ちはよくわかる……だが、一番大切な人間の言葉を信じられなくなっては……それはあまりにも寂しすぎるのではないか……?」

 めずらしくも多弁なヴィンセント。

 第三者的な立場の俺でも、彼の真摯な物言いは、心にくるものがあった。