うらしまリターンズ
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<3>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

  

 

 ルルルル……ルルルル……

 

「……でないな」

「そうだねェ、移動中ってことはないと思うけどね、この時間だし」

 時刻は夜の10時を回っている。俺たちは既に風呂も済ませ、夜着にガウン姿で居間でくつろいでいるところだったのだ。

 リーブ局長の依頼は時間にシビアなものではなかったし、今回の案件はそれひとつのみだ。わざわざ夜間にバイクを飛ばす必要はないだろう。

 

 ルルルルルル……ルルルル……ピッ

 

『……俺だけど』 

 愛想のない声で出る兄さん。ヴィンセントの携帯からなら対応は異なるだろうが、今は家の電話を使っている。

「あ、あの……わ、わたし……」

『もしもし? 俺だけど、だれ?』

 兄さんがキツイ口調で繰り返した。ずいぶんと騒がしい場所に居るらしく、ざわざわと周囲がざわめいている。そのせいでよけいに声が大きいのだ。

 街の食堂かバーで、遅い夕食をとっていたのかもしれない。

「え、ええと……その……あの……」

 ボソボソとヴィンセントがつぶやく。俺は身振り手振りで、『もっと大きな声で!』とアドバイスする。セフィロスは子猫をいじりながら、人の悪い笑みを浮かべているだけだ。

 

『えー? ちょっ……聞こえないんだけどォ?』

「あ、あのッ……ヴィ……ヴィンセントだ」

『ヴィンセント? ヴィンセントなのッ? もぉぉぉ、昼間何度も携帯に電話したのにーッ! なんで、全然出てくんないのッ? 俺、すっごく心配したんだよッ!?』

 ……案の定であった。バツの悪そうな面もちで俺たちの方を見遣るヴィンセント。

「あ、あの……すまない……そのバッテリーが切れていたようで……」

『んもう! ヴィンセントってば。ホント仕方ないなぁ〜 やっぱ俺が側に付いてないとね〜』

 ……ヴィンセントの返答が、心の琴線に触れたのか、妙にデレデレとした口調でささやく兄さんであった。

 

(……すご……わかりやすい人だねェ……兄さん。昔からああだったの?)

(まぁな。あいつは本当に態度と顔に出る子どもだったからな)

(ふぅん、でもそれはそれで可愛いかもね)

(ガキの頃はもっと素直だったから、よけいにな)

 こそこそと言葉を交わす、俺とセフィロス。

 と、そんなときであった。

 オープンにしたマイク口から、この場に居る誰とも関係のない者の声がすっ飛んできた。

 

『あ〜ん、電話ァ、誰から〜?』

『ああ、もしかして、恋人じゃない?』

『うっそぉぉぉ!今夜はアタシと付き合ってくれる約束でしょぉ?』

『ちょっと、やめてよ。わたしの方が先なんだからね』

『ねぇぇん、電話の相手だぁれ〜』

『聞いてみて! ねぇねぇ、恋人ォォ?』

『きゃあぁぁ、いいなァ、どんな人なのォォ?』 

『あ……ちょっと……おい、放せよ、ダメだったら』

 というのは兄さんの声。

 キャッキャッという女性特有の嬌声の後、ガタンガタンと耳障りな音がした。どうやら、ホステスたちが、兄さんの携帯電話から、話の相手を知ろうとしているらしい。

 

「あ、あの……」

 受話器を持ったまま固まるヴィンセント。

「あららァ、どうやら、いいとこ邪魔しちゃったみたいだねぇ、ヴィンセント!」

 わざと声が入るように言ってやる。

「ケッ、いかにも場末の安キャバレーという雰囲気だな。ったくヤリタイ盛りのガキが」

 ガタタタン! ガチャッ!

 

『ち、ちがうの!ちがうの! ゴメン、ヴィンセント! これにはちょっと事情があって……あのね、誤解しないで!』

「あ……いや……そんな……」

『ね?ね? オレ、いつでもヴィンセントだけだから。好きなのアンタだけだからね。ちょっと今、うるさい場所に居るだけで……』

「いや……無事ならばそれで……」

 驚いたことにヴィンセントは、まるきり不快感もヤキモチも感じていないようであった。単純に兄さんが仕事の道程にいるのを確認したかっただけらしい。

『ま、待って!待ってってば、ヴィンセント! お願い、怒らないで! 違うんだから!そんなんじゃないんだから! 俺が愛しているのはアンタだけだからね!』

「いや……私は……かまわな…… ……あ?」

 相変わらず、おっとりと、ズレた対応をしているヴィンセント。

 セフィロスが、彼の手から、ひょいと受話器を奪った。

 

「あ、あの……セフィロス……?」

 オドオドと困惑するヴィンセント。それにニヤリと意地の悪い笑みを返し、ヴィンセントを眺めつつ、口を開く。

 

「よぉ、オレだ。ずいぶんとお楽しみのようだな、クラウド」

『あッ、セフィ!』

 セフィロスの力強い声は、すぐに兄さんに聞き分けられたらしい。

『ちょっと、ヴィンセント呼んでよ! 誤解されちゃったかもしれないんだよ! はやく!はやく代わって!』

「残念だがな、クラウド。ヴィンセントはもうおまえとは、口を聞きたくないそうだ。可哀想に……泣いているぞ」

『え……ええええええッ!?』

 それこそ天地がひっくり返ったように叫ぶ兄さん。

『う、うそ! ちょっ……ゴカイ……ゴカイなんだよ、セフィッ! ど、どどどどどうしよう! ねぇ、ヴィンセント呼んで! 違うんだから、全然浮気とかそーゆうんじゃ……』

「へぇぇ! 浮気!?」

 殊の外大声でセフィロスが言う。

 ……まったく、他人をからかっているときのこの人は、本当に生き生きとしているのだ。

「そうか、浮気か……やはり女のほうがいいか、クラウド。わかった、まぁ、仕方がないな。思い切り楽しんでこい。ああ、ゴムは着けろよ」

『いやぁぁぁぁッ! ア、アンタ、何言ってくれてんのォォォォ! 混ぜっ返すなよ、セフィ! 俺がどんだけヴィンセント好きかわかってんだろ! 誤解なんだってば!』

 

「あ……あの……そんな……セフィロス……私は別に……」

「いいからいいから。ちょっとは反省すべき点もあるからね、兄さんは」

 俺はそう言ってやった。

 普段は散々ヴィンセントにくっつきまくり、少しでも他に仲良くしている者がいると、ヤキモチを妬くくせに、どんな事情か知らないが、クラブで女の子たちを侍らせ、H(?)なことをしているとなれば、いささか反省を促したくもなるものだ。

 

「理由は知らないけどさ〜。女の子侍らしてイチャイチャしているのは事実なんだから。ちょっとは後悔させてやらなきゃね」

「い、いや……だが……クラウドは健康な男子なのだし……」

「でも、あなたの恋人でしょう?」

「そ、それは……まぁ…… だ、だが……私は……別に……」

 

「あー、よしよし、可哀想にな、ヴィンセント。そんなに泣くな」

 これ見よがしに言ってのけるセフィロス。俺などこらえきれずに吹き出しそうになってしまう。

「セ、セフィロス……も、もう……やめ……」

「まぁ、アレだ、クラウド。ヴィンセントのことはオレに任せろ。ちゃんと慰めて抱いて寝てやる」

『セフィィィィィィ! やめてェェェェ!』

「じゃあな、クラウド。まぁ、ゆっくりしてこい。なんなら帰ってこなくてもいいぞ」

『いやァアァアァァ! 帰るーッ! いますぐ帰るから! ヴィンセントにそう言ってェェェ! ヴィンセント!ヴィンセント! そこに居るッ? 俺、すぐに帰るからッ! 明日には着くからねッ! 本当に誤解だから!俺が愛してるの、ヴィンセントだけなんだからーッ! いっつも言ってるじゃん!大好きだから!愛してるからァァァ!!』

 むなしく兄さんの声は、虚空に響いた。 

 話口を手で塞ぎ、セフィロスが爆笑する。

「フハハハハハッ! ああ〜、ガキをからかうのは退屈せんな。いい余興だ!」

「その言い方はどうかと思うけど、ちょっと兄さんも悪いよね〜。逆の立場だったら、絶対怒ってるだろうしね」

「まったくだ。自分勝手な我が儘男め」

 おのれの在りようを棚に上げまくって、セフィロスが毒づいた。

 

「あ……あの……」

 『愛してる、愛してる』と連発され、ひどく恥ずかしげに頬を染めるヴィンセント。もちろん、受話器はセフィロスに奪われているので、どうにもしようがないのだが。

 とりあえずは俺のとなりに腰を下ろしているヴィンセントに、しーっと指一本立ててやって、バチンとウインクしてやった。

「いーのいーの、ハッキリ言って、ヴィンセントが怒っても、まったく不思議じゃないシチュエーションだよ、今のは」

「で、でも……」

「これで少し反省してくれればいいけどねェ」

 

『ヴィンセントッ! ヴィンセントォォォ! 俺、潔白だからねェェェェ!!』

「ま、じゃ、そういうことだ。じゃあな、クソガキ」

 そういうと、あっさりとセフィロスは電話を切ってしまった。

 

「あー、笑った笑った。さてと……」

 満足そうに言いながら腰を上げるセフィロス。本当に今日の彼は機嫌がいい。

「ふあぁ〜、俺も部屋へ戻るよ。カダたちももう寝てるし」

「……あ……で、では……私も…… さぁ、おいで、ヴィン……」

 彼が子猫にそう呼びかけると、黒い毛糸のかたまりが、ぴょんとばかりにヴィンセントに飛びついた。

 

「おい、ヴィンセント。せっかくだから、おまえの部屋に泊めろ」

 唐突にセフィロスが言い出す。

「え……あ、あの……君を……?」

「いいだろ。話相手が欲しいだけだ」

「あ……ああ……もちろん、私などでいいのなら喜んで……! よかったな、ヴィン……今日はセフィロスも一緒に寝てくれるそうだ……」

 相変わらずの天然っぷりに、茶々を入れるのもバカバカしくなった。セフィロスもこんなヴィンセント相手に無体な真似はしないだろう。

 

  

「それじゃあね、おやすみなさい、セフィロス、ヴィンセント」

「ん……おやすみ、ヤズー……」

「にゅんにゅん!」

「邪魔すんなよ、イロケムシ」

「あー、はいはい」

 それに適当に返して置いて、俺も部屋へ戻ったのであった。