うらしまリターンズ
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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 ヤズー
 

 

 

 

 

  

 

 

 そう……ハプニングが起きたのはその翌日だったのである。

 だが、俺たちはその現場に直面したわけではなく、最終的に、『これってもしかして?』という、なんとなく予測させられ、事実確認に至ったという経緯があった。

 もっともこんな言い方ではわからないだろう。

 

 それでは翌日に起こったこと……見知らぬ異邦人の来訪について、話をしようと思う。

 

 秋の初めとは言っても、肌寒く感じるのは陽が落ちてからで、今みたいな昼過ぎの時間帯は、もっとも暑くなる時刻だ。

 もしかしたら、今日は兄さんが帰ってくるかも知れない。いや、昨夜の激しい動揺に鑑みれば、命がけで帰宅するに違いない。

 そんなわけで、俺とカダージュは買い出しに出たのであった。最初はヴィンセントと一緒に車で行くつもりであったのだが、カダが自分が行くと言い出した。

 この前、ヴィンセントが寝込んでから、カダージュもロッズも、よく手伝いを申し出てくれるようになった。ふたりともヴィンセントのことが大好きだし、家の用事を手伝うことで、皆から感謝されたり、誉められたりするのがとても嬉しいらしい。

 まだまだ失敗することもあるが、そこはそれ、大人としては暖かい目で見守ってやるべきだろう。(笑)

 

 

 

 

「ヤズー、僕、もっと持てるよ、大丈夫!」

「いや、平気だ。気にするな」

「や! 今日はお手伝いなんだからね! 僕が持つ!」

 一度言い出したら聞かないカダージュだ。俺は仕方なく菓子や乾物の入った軽めの袋を手渡した。

「やれやれ、だから車で行こうって言ったじゃないか、カダ」

「だって、車じゃ青空市は覗けないじゃん。マーケットだけなんてつまんないもん」

 マーケットで菓子類を買いまくったくせに、そんなことを言い出すカダージュ。

「ね、アイス買って! 僕、食べながら歩く!」

「はいはい」

 南国コスタデルソルだけあって、氷菓子はどこにでも売っている。

 カダのお気に入りは、氷パインだ。これはパインの実を串刺しにし、そのまま氷らせた菓子で、添加物などはいっさい加えられていないため、子どものオヤツにはもってこいだった。

 

 日差しの降り注ぐ海岸沿いを、弟と一緒に歩く。時折、街の女の子と擦れ違うが、どの子に対しても普通に手を振って応えるカダージュ。

 以前はまったく人慣れしない子だったのに、コスタデルソルで、共同生活をするうちに、みるみるたくましくなってしまった。そう言ったこの子を眺めるのは、たのもしく嬉しいと思うと同時に、一種の寂寥を感じさせられる。

 カダージュの世界が、俺たちだけであったころ、この子はほとんど俺と一緒に居た。いや、俺がいなければ一日でも普通に過ごせないような子だったからだ。

 

「ね、ヤズー、今日、ホントに兄さん帰ってくるのかなァ?」

「え? あ……ああ、どうだろうな。昨夜は大分慌てていたから、バイクを飛ばしているかもな」

「でも、兄さんってワガママだよね! ヴィンセントが僕たちと仲良くしてると、すぐシットすんのに! 自分は女の子たちと遊んでたんでしょう?」

「え、ああ、まぁ……」

「セフィロスが『まったく仕方のないヤツだ』って言ってたよ!」

 ……セフィロス。

 まったくもうあの人は。俺自身も底意地悪いことにかけては、他者に引けを取らない自信があったが、あの人とはいい勝負になりそうだ。

 

「ヴィンセント、可哀想! ヴィンセント、あんなにやさしくてキレイなのにね! 兄さん、図々しいよ。もっとケンキョにならなくっちゃ!!」

「ははは、そうだな。でも兄さんもまだ若い男の子だからさ。たまに仕事で遠出すれば、気晴らししたくもなるんだろうよ。あの人、格好いいし、ひとりで居たなら、女の子のほうが放っておかないんじゃないか?」

「……格好いいっていうんなら、ヤズーのほうじゃん。ヤズーもてるもんね」

 口を尖らせて、カダージュはつぶやいた。ちらりと俺を見遣る。

「大丈夫。俺は家の人たちが一番大切だから」

「ウチのひと〜?」

「……もちろんカダが一番大事だよ。いつも言ってるだろ?」

「ふふふ、うん!」

 素直に頷くと、ぴょんぴょんと跳ねるようにして歩き出す。

 

 ……紺碧の海を凪ぐ、潮風が心地よい。

 もっとも家に帰り着くと、肌がべたついてしまっていてシャワーを浴びなければ我慢ならないほどなのに、こうして海沿いを歩きながら受ける、さわやかな風は本当に気持ちがよいのだ。

 蒼く澄んだ空……煌めく宝石のような青海……

 ここが地上の楽園と呼ばれる意味を納得できるような心持ちであった。

 

 

 『それ』に気づいたのはカダージュの方が先だった。もっとも俺よりも前を飛び跳ねるように歩いていたのだから、あたりまえと言えばそうなのだが。

 

 もう大分家の近くだ。この辺は特に別荘地が多く、初秋のこの時期は人通りも少ない。カダージュが『その人』を発見したのは、我が家からほんの少し離れた海岸であった。

 

「ヤズー! ねぇ……誰か倒れてる……! どうしたんだろう!」

「あぶない、カダージュ! むやみに近づくんじゃないッ」

 すぐに制止するが、カダージュはタカタカと走り出してしまった。俺もすぐさま後を追う。

 

 革ジャンに手袋、そしてブーツを履いたその姿は、あまりこの地に似合っているとは言い難かった。

 

「ね……ねぇねぇ、死んじゃってるのかな? どうしよう、ヤズー」

「いや、ちょっと待て……荷物、いいか、カダ?」

「う、うん」

 手荷物をカダージュに任せ、うつ伏せに倒れ伏した青年に手を掛ける。そっと揺すってみるが反応はない。

「ヤズー? ねぇ、どう……?」

「うん……身体は温かいから死んでると言うことはないと思う。……よいしょ」

 俺はぐいと力を入れて彼を起こした。細身だがしっかりと筋肉の付いている身体だ。見た目よりも重く感じた。

「しっかり! しっかり、君! 目を覚まして」

 身体は濡れていないから、海に落ちたというわけでもなさそうだ。だが、この日差しである。もしかしたら、慣れない観光客が日射病を起こしたのかも知れない。

 

「しっかり!」

「……う……?」

「ヤズー、気が付いたみたい!」

 嬉しそうにカダが言った。

「ああ。君、大丈夫? しっかりして」

「……あ……ああ……すまない」

 彼はそういうと、自力で起きあがった。外傷があるわけでもないらしく、やはり南国の日差しにやられたのかもしれない。

 よろけながらも立ち上がると、彼は呆然とした面持ちで周囲を見回した。それから俺たちに視線を戻す。

 ブルーグレイの双眸は澄んで穏やかだったが、彼がかなりショックを受けているのは雰囲気で理解できた。

 

「すまない……ここはどこだろうか?」

 ボソリと独り言のように訊ねる。

「え? どこって……イーストエリアだよ。その中でも東の突端……ファーストアヴェニューだけど?」

「イ、イースト…… アベニュー……?」

「だから、コスタデルソルのイーストエリアだってば。君、観光客じゃないの?」

「いや……違う。なぜ、俺はこんなところへ……?」

  

 午後の日差しの降り注ぐ中、俺とカダージュはおかしな拾いモノをしてしまったのであった。