うらしまリターンズ
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<24>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

 彼は、冷ややかな眼差しで、俺たちを一瞥した。

 そして、スッと目線をそらすと身を乗り出した。この僅かな会話の間に、入り口はすっかり狭まり、そうしないと潜り込むことさえ困難なほどになってしまっていたのだ。
 『セフィロス』が不快をあらわにするのも不思議ではなかった。

「セ、『セフィロス』、本当に、ごめんね。最後まで迷惑かけて! も、もし、またアンタに会えることがあったら、今度は俺がアンタのためにいろいろさせてもらうから!」

「…………」

「あ、あんまし、友好的にしゃべる時間なかったし、その……あ、焦ってたから、怒鳴ったりもしちゃったけど、ホント感謝してますッ! あ、あの、ありがとう、『セフィロス』!気をつけてね!」

「…………」

「じゃあね! 『セフィロス』!」

 ヒュンと空気の対流がやんだ。俺はタタタと『セフィロス』の側に走り寄り、必死に声をかけた。

 無愛想で到底親切に……とは言えなかったけど、結局のところ、彼が俺を助けてくれたのは事実だったし、空間の連結などという絡繰りについてだって、示唆されなければまったく気づくことなどなかったろう。

 こうしてその現象を目の当たりにしてでさえ、俺にはどこがその『入り口』なのかはほとんど判別できなかったし、ましてやそこがコスタ・デル・ソルへの道だの、ホロウバスティオンに続いているだのということは到底わかりはしなかったのだ。

「『セフィロス』、気をつけて!」

「……さらばだ」

 たった一度だけ、彼は地上を見下ろし、俺に向かってそうつぶやいた。

 そしてほんの微かに……それこそ、こうして間近にいなければわからないほどの微かな笑みを浮かべてくれたのだった。胸の苦しくなるような切ない微笑。

 ああ、そういえば、この人は、初めて会ったときから、いつでもこんな笑い方ばかりであった。

 うちのセフィロスみたいに、豪快に爆笑したり、意地の悪い笑い方をしたりするわけではない。自嘲のような皮肉な微笑、そして今みたいな透きとおった、胸の痛むような切ない笑み……

 

「セ、『セフィロス』! 『セフィロス』! ねぇ、もう会えない? ア、アンタの話、俺、もっと聞きたかったの!」

「…………」

「ね、ねッ! よけいなことだと思うけど、『クラウド』のことは、もうレオンにまかせてさ! ア、アンタはアンタで……自分の……その……『セフィロス』、綺麗なんだから……! 強くて……綺麗で……なんでも思い通りになるはずなんだから……!だから……ッ!」

 この期に及んで、俺は一体何が言いたかったのだろうか。

 後から考えても、よくわからない。だが、なんとなくこのまま『セフィロス』と別れるのが心残りというか……言葉にするのがひどく難解な……そんな座りの悪い気分だった。

 

 『セフィロス』の長身が、俺を見下ろす。 

 閉じかけた空間の隙間に、片足をかけ、睥睨しているのだ。

 アイスブルーの澄んだ眼差しに感情は読み取れない。お節介としかいいようのない、俺の言葉に、あからさまな不快の念も表さず、さりとて到底好意的な眼差しにも見えなかった。

「『セフィロス』ッ! 俺……また、アンタに逢いたいッ! 俺には空間の連結だのどうだのとか……そんなのわかんないから……どうすればアンタのところに行けるのかなんて、全然わかんないし……その、あの、アレなんだけど……ッ! もし、アンタさえ嫌じゃなかったら……お、俺にできることがあったなら……また……」

 尚もしつこく、俺は追いすがった。

 ヤズーが不思議そうにこちらを見る。こんなふうに必死なありさまは、きっと対ヴィンセントの事柄でしか目にしたことがないからだろう。

「……気持ちだけ……もらっておこう」

 彼はひっそりとそうつぶやいた。口元ひとつほころばせずに。

 ギュッと胸が苦しくなる。

 

 ああ、俺はこの人のことを何も知らなかった。無理やり、レオンを連れ戻すのに、協力してもらったけど、もしかしたら、『クラウド』を愛していたのではなかろうか?

 ああして、レオンのいないときに、『クラウド』の前に現れ、ふたたび思いを遂げようとしていたのではなかろうか?

 それとも、『クラウド』のもとに駆けつけるレオンに、なにか特別な感情を抱いてはいなかったろうか?

 さっき……レオンを見留めたとき、この白い能面のようなおもてに、微かに安堵の色を浮かべたように見えなかったか?

 ……俺はなにか、決定的に彼の気持ちを無視した行動をとってはいなかろうか?

 

 ……これまで、散々、いろいろな場面に……さまざまな思惑の中で生きてきた。だからこそ、周囲の人々の気持ちを理解しようと努めてきたはずだったのに……今はまったく自身と『クラウド』のことしか考えていなかった。

 『セフィロス』の思いなど、配慮する余裕などなかったのだ。

 この人は俺の知っているセフィロスとは違う。わがままを言って甘えさせてくれて、時には闘うべき相手である、『俺のセフィロス』とは異なるのだ。

 

「『セフィロス』……! 待っ……!」

 そう、そのとき、俺は何も考えずに動いていたのだ。その前までは色々と彼の心の中を、想像したりもしていたのだが、直接的な行動に出たとき、とりあえず頭の中は真っ白だった。

 すでに虚空に消えようとしていた『セフィロス』のコートの裾に飛びついた。

 もちろん、こちらのほうから飛びついたのだから、はっしとつかんだ彼のコートもろとも、俺の自重で、空からこちら側に落ちてしまう。

 そう……当然ぽっかり空いた異次元空間ではなく、紛れもないコスタ・デル・ソルの現世へ。

 黒コートを握りしめた俺……そしてひっ掴まれたほうの『セフィロス』……

 

 俺たちは、まるでコメディ映画のように、ふたりそろって、ドサリと砂浜に落下した。 ヤズーとセフィロスが、あまりにも突発的な俺の行動を、もはや口も聞けないというような、無表情のまま見守っていた。

 その面もちが青ざめているのも見間違いなどではないだろう。

 

「……痛って〜……あ、お、俺……」

「つ……ッ!」

「ああッ、ス、スンマセンッ! マジ、スンマッセーン!!」

 当然、『セフィロス』は抗議しようとしたのだろう。

 だが、その言葉さえも、次の瞬間呑み込まれてしまう。

 

 ……なぜならば、かろうじて開いていた時空の継ぎ目が、すでに跡形もなく消え失せていたからであった……

 ついそこに、『空間の連結が生じていた』とさえも、信じがたいような、コスタ・デル・ソルののどかな世界……

 『セフィロス』の帰るべき世界は、完全に口を閉じてしまっていた。

 おのれのしでかした大失態に、俺は首筋が冷えるような、ほとんど恐怖に近い感覚に襲われていた。

「ど、どうしよう……お、俺…… 俺……そんなつもりじゃ……」

 そうつぶやいた自らの声が、この上なくむなしく虚空に響く。『セフィロス』の顔を覗き込む勇気もなかった。

「俺……ど、どうしよう…… お、俺……ただ……アンタに……『セフィロス』に……」

 

 俺はいったい……何をしようとしたのだろう?

 なぜ、この人にこんな真似を……?

 

 空間の連結は、先の時間を持って終わってしまった。後はただ青空と真夏の太陽が輝いているだけ……

 

 そう……『セフィロス』をこの世界……コスタ・デル・ソルに残したまま……

 

 
 
 

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