〜 研修旅行 その後 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
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 ザックス・フェア
 

 

 

 副社長室のすぐ下のフロア。

 幹部の執務室やその秘書室などもあることから、この階にはビロードの絨毯が敷かれている。いつもは足を取られてうざったいと感じるだけだが、今度ばかりは好都合だ。いちいち気にしなくても、足音は毛足の長いマットが吸い取ってくれるだろうから。

 59階と言ってもかなり広さがある。

 だが、奥の方は宿泊施設になっており、上級職の仮眠や一時逗留などに使われている。

 ジェネシスが行くとしたら、秘書室かタークスの本部だろう。秘書室には懇意の女性が何人もいたはずだし、タークスの連中とは任務の都合上、顔見知りになる。

 俺はまずタークスの本部に行くことにした。

 全員の集合できる会議室の他、執務室はチームごとに分かれているから、下手な部屋には飛び込めない。非常にデリケートな問題なのだから。

 

 ……ジェネシスが行くとしたら……

 リーダーのツォンの執務室……つまり、レノやルードたちがいる部屋か、個別のミーティングルームだ。

 足音が響かないのを良いことに、俺は端っこのMTルームから順番に、扉に耳を付け盗聴した。

 ……端から見れば非常に情けない格好であろうが、人通りのきわめて少ない場所であるのは幸いだった。

 一番端の部屋は何の音も聞こえない。ああ、そういや、秘書部の物置になってるって言ってたっけ。

 次の部屋は……声が聞こえるが、女性のものだ。ここでもないな。

 こんなカンジで一部屋ずつ慎重に確認していったが、俺はついに目的の部屋を見つけた。

 

 そこはミーティングルームではなく応接室であった。ジェネシスは無機質なMTルームを嫌うので、ゆったりした接客間を希望したのだろう。

 

『「ってなことでさ。じっさい、研修先でトラブル起こしたのは上手くなかったけど、あの修習生は完全にとばっちりだよ、ジェネシス」』

『「っつーか、それがフツーの見方だろ? ツォンさんもそう言ってたしな」』

『「あー、まぁ、どうだかねー。ツォンさんだって、不当解雇だと思っているだろうけど、副社長があの調子じゃね。説得するのも骨が折れるだろうし……」』

 

 え……なに?

 ……これ…… も、もしかして……これ……!?

 これ……あの時のレノたちと俺らの会話じゃねーか!

 

 

 

 

 

 

「君もいろいろと大変な立場だと思うんだよ。むしろ同情したいくらいだ」

 そっと扉に耳をつけると、ジェネシスの声が聞こえてきた。

「いかに副社長の機嫌を損ねないためとはいえ、ねェ……」

 物言いはあたかも同情的だが、声が冷たい。最近、よくジェネシスと居たせいか、その辺りを聞き分けられるようになってしまった。

「………………!!」

 ツォンの声はほとんど聞こえない。ただでさえ物静かな男だが、この状況である。なおさら大きな声は出せないのだろう。

「ああ、誤解しないでくれたまえ。君を脅迫しようなどとは思ってやしないさ。ただね、やはり一言忠告しておこうと思って」

 どこまでも穏やかに語るジェネシス。

「今日の号外も読んだだろう? この状況であの修習生を懲戒解雇するとなると、かえってまずいことになるのではないか? 内部からマスコミにリークするような輩がでないとも限らないしね」

 って、すべての仕掛けはテメーだろう!

 俺は思わずツォンに同情したほどであった。味方に付ければこれほど頼もしいヤツはいないが、ジェネシスが敵だったとしたら…… 

 冷たい震えが、ぞぞっと背筋を走り抜ける。

 

「……え、俺の目的? いや、別になにも? 修習生……? ああ、あの子とは無関係さ」

 俺はぐいと耳をドアに押しつけた。日常会話と変わらないトーンのジェネシスの声は聞こえるのだが、ツォンの話を聞きたいのだ。

「くそ〜ッ 聞こえねェ!」

 ぐいぐいと、ちょっとばかり耳朶が痛くなってしまうほど、力一杯にへばりつくと、ようやくツォンの低い声が耳に入ってきた。

「……ジェネシス……なんのために君がここまで動くのだ? あの修習生に特別な感情を抱いているのはセフィロスのほうだと聞いたが?」

「だから特に理由など無いと言っているだろう。ただの暇つぶし…… ああ、そんなに怖い顔をしないでくれよ」

 へらへらとジェネシスは笑った。そりゃ、ツォンじゃなくても怖い顔にもなるだろう。

「そうだね、じゃあ、一応、俺の親しい同僚や、あの子のクラスメートのため……とでも言っておこうか」

「………………」

「別に俺は、この会話を理由に、修習生の処分を考え直せと強要しているわけではないよ。俺にはそんな権限はないからね。でも今度ばかりは、君の可愛いお坊ちゃまの言うなりになってしまったら、カンパニーとしても相応の痛手を受けるのではないかと忠告しているだけさ」

「……ご忠告……感謝する」

 歯噛みまでも聞こえて来そうな声音で、ツォンがつぶやいた。

「いや、どういたしまして。蛇足だけど、レノやルードを問い詰めるのは筋違いだから。彼らはただ思ったことをそのまま口にしただけさ。酒の席でね」

「……タークスならば、例えプライベートでも発言に気を付けてもらいたいところだがな。まだまだ私の教育が足りなかったらしい」

「おやおや、それを言うのなら、君の方こそ部下の前で、あからさまに本音を述べるのはどうかと思うね。上司が納得いかないと口にしてしまえば、部下の立場なら愚痴のひとつも言いたくなるだろうさ」

 うわぁ〜……ジェネシス……言う言う…… 確かに間違っちゃ無いけど、本人の目の前でそいつを口にするか!?

「…………ッ!!」

「では、これで失敬。君の聡明な判断を期待するよ、ツォン」

 話は終わりか……?

 いや、終わりだな、流れ的に!!

 夢中になって壁と一体化していた俺は、身を隠す場所など考えてすらいなかった。

 ガチャッと扉の取っ手の部分が鳴る。

 ヤベー!!

 俺はドアが開かれるのとほぼ同時に、反対側の壁面にべったりとくっついた。せめて精神だけでも完全に壁に同化しようと心を無にして…… 

 なんせ遮蔽物もないし、他に方法がなかったのだ。

 せめて最初に出てくるのがジェネシスであれば……

 いや、ジェネシスである可能性のほうが高いだろう!? 席を立ったのはヤツのほうなんだから!

 祈るような気持ちで、壁になりきった俺は、ツンツンと背をつつかれて振り返った。

 すると、吹き出すのを必死にこらえ、身をかがめたジェネシスが、そこに立っていた。

 ……俺は絶対に忍者にはなれないだろう。