〜 研修旅行 その後 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<16>
 ザックス・フェア
 

 

 

 

 

「ほら、セフィロス、入って入って!」

 ジェネシスはぐいぐいと巨体を自室に押し込んだ。俺も小さくなって後から入室する。

「あれれ、アンジール、いなくなっちゃったな。せっかく美味しいお茶をごちそうしようと思っていたのに」

 置いてけぼりにしてしまったアンジールだが、さすがに他人の部屋に留まっては居なかった。

 だが、火に掛けっぱなしだったケトルは当然下ろしてあり、菓子の散らばった皿は、丁寧に布巾で覆われている。

『茶だけ一杯いただいた。ごちそうさま』

 几帳面だが勢いある太文字でメモが残されていた。

 ……ああ、アンジール……アンタって、なんて常識人なんだよ。

 こんなとんでもない連中に囲まれていながらも、清く正しく生きていて……ああ、やっぱり俺の目標はアンタだ、アンジール!

「おい、さっさと貴様らのネタを話せ!」

 俺の夢想を遮って、ぎゃあぎゃあと英雄が喚いた。

「わかっているよ。ほら、セフィロス、突っ立っていないで座って。今、お茶、淹れるから」

「そんなもんはどうでもいい! 貴様もさっさと座れ! そして説明しろッ!」

「ハイハイ。やれやれ、おまえはせっかちだなァ。なぁ、ザックス?」

 いきなり振るなよ!

「え……あ……そうッスね」

 と、俺は応答にもならぬ単語を、口の中でもぐもぐとつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 ジェネシスは、綺麗に整理されたデスクからICレコーダを取り出すと、優雅な手つきでPCを操作した。

 ツォンのところで、俺が壁越しに聞いた例のヤツだ。

 セフィロスは水が溜まりそうなほど眉間のシワを深く刻んでいたが、再生中に激昂することはなかった。

「……これをツォンに聞かせた。これがまず第一段階目だね。それから……ザックス、新聞を」

「お、おう!」

 俺は傍らのチェストに放り出してあった、例の号外をセフィロスに手渡した。

 こちらはさすがにちょっと驚いたらしい。乱暴にページを手繰り、最後まで一挙に目を通したふうだった。

 ……それにしても、この号外を見ていないなんて……本当にずっと部屋に引きこもっていたのかよ……

「おい、コイツは……」

「ああ、もちろんマスコミにリークしたのは俺だよ。悪いけど詳しいことは訊かないでくれ、向こうさんにも迷惑がかかるからね」

「…………」

 俺は仏頂面のセフィロスと、微笑を湛えたジェネシスを交互に眺めた。俺の器じゃ口出しなんざできやしない。

「俺たちの話が理解できたかい? セフィロス」

「…………」

「こんなものがミッドガル中で配られ、おまえはさらに英雄の名声を高めたわけだ。そして助けられたあの子が、神羅の修習生だということも知れ渡っている。しかもフルネームでね」

「……らしいな」

「上層部がどう考えるかはわかるだろう? あの修習生を除籍するメリットはない。いや、むしろ社にとってマイナスだろう」

 お茶のおかわりを注ぎ足し、ジェネシスは言葉を続けた。

 おっかない顔しているくせに、出された菓子をバリバリと喰らうセフィロス。

「……いくらルーファウスが罷免を唱えても、誰も賛同する輩はいなくなるさ。いや……まずツォンが副社長を止めるだろうね」

 再生の終わったICレコーダーを弄びつつ、ニヤリとジェネシスが笑った。こいつもコエェェェ!絶対に敵に回したくないタイプだ。

「……なるほどな。いかにもおまえらしい、陰険で卑劣な方法だ」

「フフフ、誉め言葉と取っておいていいかな、セフィロス」

「好きにしろ。……おかわり」

「お菓子もまだあるよ。この前、一番街で見つけたショップなんだけどね……」

「注釈はいらん。早くしろ」

 口ではなんと言おうと、セフィロスを取り巻く空気が変わった。先ほどまでのビリビリと張り詰めたピアノ線のような雰囲気ではなく、ニュートラルの状態に戻っている。

 セフィロスはぐいぐいとおかわりの茶を飲み干すと、ハーッと深く吐息した。ずっと溜め込んでいたものを、一挙に吐き出すように。

「おまえは甘い物より、こういったものの方がいいんじゃないか?」

 ちょっといたずらっぽく、ジェネシスが微笑した。一見、何の変哲もないクッキーだが、特性のスパイスが効いている。俺も相伴したがなかなか美味かった。

 セフィロスは何も言わないが、皿の上に綺麗にデコレートされたそれを、無表情にバリバリと食った。ジェネシスは淡い微笑を浮かべ、その様を眺めている……

 

 ……思うにジェネシスは、『女神』とやらとは全く異なる意味合いで、セフィロスのことをかなり気に入っているんだと思う。

 セフィロスは、神羅の英雄として、社員はおろか上層部や一般人にさえ、恐れ崇められる対象だ。

 世間の皆は、手の届かぬヒーローに対し、強烈な憧憬を抱くが、ある意味同じ立ち位置にあるジェネシスは、やはり心持ちが異なるのだろう。

 コイツはとてもセフィロスのことを好いている。

 『ワガママで自分勝手な、ちょっと困ったキレイなお友達』として。

 以前、アンジールに、セフィロスとジェネシスはほとんど年が変わらないと聞いたことがある。

 だが、ふたりの位置関係は、ジェネシスが世慣れた如才ないお兄さんの役回りだ。自己中でワガママ目一杯のくせに、どこか抜けているセフィロスは、仕方のない弟というポジションなのだろう。

 そう……皆は、英雄セフィロスを、完璧な人物と美化して尊敬と思慕の念を抱くが、ジェネシスは彼の欠けて居る部分を愛しているのだ。