〜 障害物競走 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<3>
 ザックス・フェア
 

 

 

 

 

 

「チッ……なんだ、こんなところまで連れて来やがって! だいたいオレは寮に用事があったんだぞ!? きちんとした正統な用件だ。それを……」

「いやいやいや、アンタの正統な用件って、何? 風呂場の覗き!?」

「バカを言うなッ! クラウドの健康状態を把握するという極めて重要かつ重大な用件が……」

「あのな、覗きを正当化されても困るんだけど…… いや、それより、アンタに言っておかなきゃならないことがある。前々からずっと言おうと思っていたことだ」

 そんなカンジでオレは口火を切った。

 何が何でも、セフィロスには、クラウドの「良い先輩」でいてもらわにゃならない。そう、「恋人」じゃなくて、ただの「良い先輩」「尊敬できる英雄」で居て欲しいのだ。

  

「チッ……だからなんだ。さっさと言え! オレは忙しい」

 覗きをする時間はあってもですか……そうですか。

「セフィロス。単刀直入に言う。クラウドのことはあきらめてくれ」

「ケッ……何を言うかと思えば」

 さもくだらないと言わんばかりに悪態をつくセフィロス。この自信はいったいどこから湧き出すのだろう。

「テメーにそう言われて、『ハイ、そうですか』と納得すると思うか、ボケが!」

「俺はアンタとクラウドのためを思って言ってるんだ」

「勝手な理屈をこねるな。なんだ? もしかして、おまえもクラウド狙いか? 同室のよしみを利用してあの子を手に入れようと……」

「いいかげんにしねーか! 俺は女のほうがいい。クラウドは可愛いと思うが、そいつはあくまでも弟分としてという意味だ。アンタと一緒にするな!」

 この辺りは本音である。

 確かにクラウドは、年頃の少女顔負けの容姿をしているが、やはり男は男だ。つくべきモンが付いている野郎なんだ。

 俺はセフィロスとは異なり、あくまでも性愛の対象は女だけである。

 

「いいか、セフィロス」

 そう前置きをして、俺は厳かに続きを口にした。

 

『……クラウドには彼女が居る』

 

 その一言は、たぶんヤツの中でプルトン級の大爆撃だったのだろう。

 ムカツクほどに整ったツラが、一瞬ピシッと音を立てて氷の如く固まった。

 

「……もう一回言うぞ。クラウドには彼女が居るんだ。将来を誓い合ったな……」

 やや誇張して、ふたたびそう告げた。これくらい言っておかないと、真実味がないだろう。

「……な、なんだと……?」

「だからもう彼女が居るんだよ。クラウドにはな」

「か、彼女……? 女か?」

「たりめーだろ。クラウドがソルジャーを目指したのは、アンタに憧れてというのもあるが、いざというとき、その娘を救えるような強い男になりたいからだ」

 この辺は事実だ。声を大にして言ってやりたい。

「貴様……虚言を……」

「ウソついても意味ないだろ。プライベートだからな。本当は告げ口みたいな真似はしたくなかったんだが、アンタ、いつまで経ってもクラウドのこと、あきらめそうになかったから」

「………………」

「おい、セフィロス?」

「……その娘……」

「は……?」

「その娘、名はなんという……?」

 苦鳴のような、震える声音で訊ねてくるセフィロス。彼女の名を口にするのはさすがに憚られたが、ここまで話して『知らない』とバックレるのはさすがに不自然だ。

 俺は意を決して、セフィロスに告げた。

「ティファちゃんだ。……超巨乳のな」

「胸ならオレだってある!!」

「いや……アンタのはそれ、胸板だからね、コレ。筋肉だから」

「似たようなモンだろッ!!」

 駄々っ子のように英雄は叫んだ。

 ……いや、似てねーだろ。

 女の子のはチチ……オメーのは胸筋だよ……

                                           

                          

                                  

         

                 

 

「うう……ぐぐぐ……」

「あ、あの……セフィロス……?」

 ティファちゃんの存在は、想像以上に効果的だったようだ。

 『クラウドの彼女』という前振りが、セフィロスの急所へのストライクゾーンだったらしい。この男がここまで苦悩した有様など、ついぞ見たことがなかった。

「ぐぅぅぅ…… おのれ〜……」

「いや、だから、コレ……な? もう、クラウドのことはあきらめて。大人組は生暖かく見守ってやろうや!」

 さわやかにヤツの肩を叩いたが、セフィロスは俯いたまま、俺の手を叩き落とした。

「……その女……」

「え?」

「その女……神羅の社員か……?」

「違う違う。ニブルヘイムの幼なじみだって。子供時分からの付き合いで、ガキんちょの頃から小っこかったクラウドは、彼女の後ばかり追いかけていたそうだ」

「ニブルヘイムの……ティファ……」

 ああ、この時の俺をバカヤロウと罵ってくれ。

 クラウドとティファちゃんの幼い頃のエピソードは、前々から聞いていたし、話してくれたクラウドも屈託なく楽しそうに語ってくれた。

 それゆえ、そいつをそのままセフィロスに告げるのに、ほとんど躊躇がなかったのだ。

 その話がいったいどういう事態を引き起こすのか……まるきり考えつかなかった。

 

「ニブルヘイムの……ティファ……」

「そうそう。俺も人のこと言えないけど、あそこもド田舎だよなァ。小さな村で姉弟みたいにじゃれついて育ったみたいだぜ。それが恋仲になるんだからなァ……いいもんだよなァ……」

 俺はここぞとばかりに、しみじみとつぶやいた。

 もう一押しでセフィロスがあきらめてくれるかと思って。

 付け加えるなら、もちろん、クラウドとティファちゃんは、まだ特別な仲になっているわけではなく、友だちをちょびっと越えられるかな?といったところらしい。

 だからこそ、クラウドはみごとソルジャーになって、彼女を迎えに行きたいのだろう。俺はそんな風に考えていた。

 

「ニブルヘイムの……ティファ……巨乳……」

 ブツブツと陰鬱な声で繰り返すセフィロス。

「な? これでわかっただろ。アンタには気の毒だけど、やっぱ女の子には敵わないって」

「ティファ……巨乳……」

「そうそう。巨乳のティファちゃんだからね。男は乳にドリームあるから。フツーに」

「………………」

「まぁ、年長組としてはさ、新入社員の小さな恋の物語を応援してやろうや。な?」

 ドンとセフィロスの背中を叩くと、彼は前のめりに倒れた。

 起きあがる気力も失ったらしく、そのままズルズルと腹這いで身体を引きずり、ドアを開ける。

「お、おい、セフィロス?」

「…………ブツブツブツブツ……」

 ヤバイ。

 だいぶショックがデカかったようだ。

 やっとの思いで立ち上がり、フラフラとドアノブに手を掛ける。

 さすがに英雄のこの有様は、俺の目にさえもひどく痛々しく映った。

 

 ……気の毒ではあるが……だが、思い切るのは、早ければ早いほどいいんだ。

 そんなにつらきゃ、一晩二晩でもヤケ酒に付き合ってやるさ。

 俺はそんな気持ちで、足を引きずってゆくセフィロスを見送ったのであった。