〜 障害物競走 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<17>
 ザックス・フェア
 

 

 

 

 プツ……と緊張の糸が切れたように、俺は椅子に頽れた。

 セフィロスも座り込みはしないものの、大分神経を尖らせていたのだろう。フゥ……と低く吐息し、すでに冷めた紅茶を立ったまま一気に呷った。そのまま手近な椅子に腰を下ろす。

 

「いやァ、なかなか、見事な少女だったねェ。本当に巨乳で可愛いし」

 ごく自然な感想を口にするのはジェネシスだ。それをセフィロスがギロリと睨み付ける。

「いいじゃない。両者互いに潔く宣戦布告して。スポーツマンシップに則ってるよ」

「スポーツ……」

 絶句した俺にジェネシスが頬を緩めた。

 だが、ひとしきり笑うと、あっという間に目の前の出来事に興味を失ったのだろう。またもやわざわざ新しい茶葉をひっぱりだし、今度は風味の異なるフレーバーティーを淹れる。

 いったい何やってるんだ、コイツは!!

「クソ……疲れた」

 セフィロスが低くつぶやく。独り言だとはわかっていたけど、

「俺もだっつーの……」

 と返事をした。こちらも独白のような物言いで。

「どうしたんだよ、ふたりとも。そんな顔して」

「空気読もうよ……ジェネシス」

 と俺。

「あー、そうそう。あのさ、さっき屋敷の地下を探検して来たんだよね。なんか面白そうなものがあるかなって。そうしたらさ……ねぇ、なにがあったと思う?」

「…………」

「なぁ、ザックス、何があったと思う?」

「ゴメン……今、疲れてるから」

「つまらないなァ! せっかく面白い話してやろうと思ったのに」

「ハァ? ……ったく、今はそれどころじゃないだろ」

 そう言ってジェネシスをいなし、俺はセフィロスに声を掛けた。

「なぁ、セフィロス。今さらだけどよ…… さすがにあそこまで言っちゃったのはヤバイんじゃねーのか?」

「成り行きだ。致し方あるまい」

「そうは言っても……」

「別に己の気持ちに嘘偽りはない。正直に本音を告げただけだ」

 と切り口上のセフィロス。

 だが、この男だとてバカじゃない。さっきの話は、せめてセフィロスがクラウドに、自分の気持ちを打ち明けてからにすべきだったのだ。 

 あ、いや、もちろん、俺的には告げるも何も、未だセフィロスにはクラウドを諦めて欲しいと思っているわけだけど。

 ティファちゃんはセフィロスを恋敵(?)と認識したのだろうが、クラウドにとって、セフィロスは未だに尊敬する憧れのソルジャーのままであり、到底『恋人』などとは考えたこともないだろう。

 無いと信じたいが万一……そう、万一……

 

「なぁ、セフィロス。万一、ティファちゃんが、アンタのことをクラウドに……」

「言うなッ!!」

 と遮られた。綺麗に整ったツラは苦虫を噛んだように歪んでいる。

「言うな……そいつは最も気になるところだ……」

「あ、いや、でも、ティファちゃん、そんな娘じゃないと思うけど……」

 と、フォローはするものの、一番恐ろしいのは、『セフィロスが告白した』という前提で、ティファちゃんがクラウドと会話することだ。幼なじみなのだから、フツーに連絡くらい取り合っているのだろう。

 例えばこんなカンジで……

『クラウドもセフィロスのことが好きなの? 恋愛感情で、本当に好きってことなの? ……私、あきらめないから。セフィロスは男の人なんだから』

 とか何とか言われたら、すべてに置いて一巻の終わりだろ、コレ。

 俺がそんなシミュレーションをしていたのを、敏感に感じ取ったのだろうか。

 態度や言葉には表さないが、セフィロスは明らかに動揺していた。いつもは不敵に笑みを刻んだツラは、白いを通り越して蒼白だし、言葉を掛けがたい雰囲気を醸し出している。

 

 

 

 

 

 

「あのね、棺桶の中に女神が眠っていたんだ」

 唐突に口を挟んだのは、ジェネシスであった。

 っていうか、この人、状況わかってんの……?

「いや、ジェネシス……今、それどころじゃ……」

「男の人なんだけどね。こう、アンティックドールみたいな雰囲気でさ。怖いくらいに綺麗なんだよ」

「…………」

「本当だってば。うさんくさそうな目で見るなよ」

「棺桶なんて地下にあるのかよ」

「うん。この屋敷はすごく古いからね。安置室があった」

「……棺桶の中だろ? 死体じゃねーだろうな」

 少しだけ気になり、そう訊ね返す。

「違うよ。温かかったもの。でも、目覚ましてくれないんだよねェ」

「温かかったって……死体に触ったのかよ!?」

「だから死体じゃないってば。たぶん、眠ってるんだと思う。小さいけど規則的な呼吸はあるみたいだったし」

 コイツ……なんつーチャレンジャーなのだろうか。

 言いそびれていたが、この家……ニブルヘイムの神羅屋敷は、お世辞にもさわやかで明るいという表現はできない雰囲気なのだ。

 どちらかというと、うっそりと静まり返っている風で、空気もなんとなくひんやりと湿っている。

 おまけに足を踏み入れることなく放置された地下室……

 頼まれても歩き回りたくないというのが本音なのだ。

「だって……目、覚まさなかったって……」

「だから不思議なんだよね。生きているのはわかるんだ。肌もやわらかいし」

「アンタ、ホント……よく触れるよな、そういうモンに」

 いささか呆れ顔でそういってやると、ジェネシスはさらに驚くべき発言をした。

「俺、彼にキスしてみたんだよね。あんまり綺麗だったし、ただ眠っているのだとわかったから。ほら、眠り姫は王子の口づけで目覚めるじゃないか」

「おい……ちょっ……」

「全然違和感なかったよ? 普通にやわらかな唇だった。ちょっとだけ舌入れてみたけど、口の中も温かかったな」

「………………」

「でも、ダメなんだよね〜。もっとスゴイことしようかと思ってたけど、こっちのほうも気になっていたから」

 あっけらかんと宣うジェネシス。

 ……呆れた。心の底から呆れた。

 なんという図太い男……こいつの心臓には毛が生えているのでは無かろうか。

 棺桶に眠っている人間にキス……? しかも舌入れありのディープかよ……信じられねぇ……

「せっかくだからザックスも見に行こうよ。こっちのほうも一段落ついたみたいだし」

「冗談じゃねェ!! 絶対パスッ!!」

 間髪入れずにそう答えた。

「どうして? いいじゃないか、見るくらいなら……」

「ぜ〜ったいゴメンだ! もともと俺、そういう気味悪ィのは苦手なんだよ。だいたい『生きてる、生きてる』って、オメーがそう言ってるだけだろ? もし、本当に生きているなら、キ、キスなんかされたら、目ェ覚ますに決まってんだろうが!!」

「きっと悪い魔女に眠らされているんだよ。男の人なのに、あんなに綺麗だから」

「へぇへぇ、それで妬まれて呪いをかけられたとでも?」

「そのとおり。ザックスもよくわかっているじゃないか」

「……ジェネシス。夢を見るのはアンタの勝手だ。だがな、今は眠れる森の美男よりも、遙かに現実のほうがヤバクなってるからね、コレ」

 俺はシビアな口調でジェネシスの話を打ち切り、空気を現実に引き戻した。